21 仕返し
あの日から3日経って。
平穏無事に事件は終わった、と言いたいところだったが、そうではなかった。
あろうことか、俺の携帯の登録先をメリーさんが爆撃した。
証言者1
「ええ、弟の友達なので何の気なしに取ったんです。そうしたら私メリーさんって……! ベッド下に対する恐怖がやっと癒えたところだったんですけど、もう一生ベッドでは寝ません!」
証言者2
「私メリーさんっていう女の子に、あなたの後ろにいるのとか言われまして……。驚いて落ちた私の眼鏡をなぜか不自然に近寄ってきた妹が踏んづけたのですよ。どうして妹は台所から走って眼鏡だけ踏んづけてまた台所に戻っていったのか、未だに理解出来ません」
証言者3
「バイトのお休みの連絡かなぁって思ったんです。そしたら、メリーさんっていう人が! 新たな修羅場の幕開けかとドキドキしていたんですが、あなたの後ろにいるのっていわれて振り返っても誰もいませんでした」
理不尽な話である。俺は多分どちらかというと善意の第三者のつもりだった。なのに何故か家主の颯太でも結衣さんでもなく、俺の周りに被害が出ている。一部ざまあみろと喜んだものもあるが。
しかし不思議なことに、誰のところにも直接姿を見せてはいないようで……もしかして、メリーさんって電話で脅かすだけで実際は姿が見えないのではないだろうか。
どうにかあのベッド下から脱出したくて、宿主とその周辺にだけ姿が見えるように働きかけていた結果、あんなおどろおどろしい物になってしまったのかなぁと今なら思う。
だって。
「――もしもし、私メリーさん。踏まれた仕返しをしているの」
颯太の留守電には残っていた声は、予想以上に可愛らしかったのだ。
「……颯太のところにも来たのか?」
「さあ? 来たのかも知れないけど、全部留守電のまま放っておいたから分からない」
やっぱり仕返しするならこいつにしろよと思った俺ではあるが、お化けも妖怪も脅かす相手を選ぶのかも知れない。
結局最後まで颯太には見えなかった。多分霊感がゼロどころかマイナスなんだと思う。見えていたらこいつはどう反応しただろうか、と思うこともあったが、「別に対応が変わらない」という想像しか出来なかったため、考えるのはやめておいた。人外の幼なじみは嫌だからだ。
留守電に残された仕返しという言葉に少し首を傾げて、思い出した。
踏まれた……そういえば以前、踏んだ覚えがある。あれはやっぱりメリーさんだったのか。俺が苦笑して颯太の携帯電話を返すと、颯太は受け取って操作していた。
ピッ。
普通に伝言メモを消去してる。まあ、仕返しもされたしもう来ることはないんだろう。そうであって欲しい。
ベッドの下に包丁を持った女を見るような経験は生涯1度で十分だ。出来るならば1回も見たくは無かったけどな。
「女って、怖えな」
「そうだな」
あれを女の範疇にいれていいのか分からないが、俺と颯太の考えは一致した。携帯電話は翌日に解約したはずなのだが、俺の携帯が妖怪電話として再利用されていないことを願うだけである。
ふと思い出して尋ねてみる。
「そういや来年も颯太はここに住むのか?」
「……不動産屋が眼鏡の恨みで来年は更新料とるそうだ。まあ2万円なのは変わらないみたいだから、継続して住むとは思う」
「あの眼鏡め、調子にのりやがって。颯太まだメール残っているな?」
「ああ」
メール爆弾を送ろうと思って颯太の携帯の写真を確認すると、驚いた。
「ん……あれ。いないぞ?」
「え?」
颯太が撮ったベッド下には何も映っていなかった。颯太も確認したが、颯太は結局見えないままだったので分からないと首を振った。
「……」
いなくなってしまうと、あれもいい思い出……になる訳がない。
少し遠い目をした俺ではあるが、主に俺の恐怖の思い出は、痕跡も残さず消えてしまった。颯太が消した伝言メモも、おそらく残していても消えてしまっただろうな、となんとなく予想する。
「高校を卒業したら、俺も一人暮らしするんだけど」
俺は就職組なため、ちゃんと就職出来れば社会人になる。そうしたら両親からは家を出て行くようにと言われていた。颯太のための引っ越し代を貯めてあったので、それを契約金として使おうと思っている。
「あの眼鏡のところでだけは契約しねぇぞ」
「ここに一緒に住むか?」
「絶対嫌だ」