20 最終決戦
よくよく聞いてみると、結衣さんは自分で返すつもりだったようだが、俺と颯太は断った。
女の子にそんな大変なことをさせるつもりはない。やらせるなら眼鏡1人で十分だと思って、結衣さんに眼鏡の電話番号を聞いたところ、1回かけて「もしもし眼鏡」と言った瞬間に切られた。2回目からは着信拒否だ、あの野郎めが。
恐縮する結衣さんには「機会があればあいつの眼鏡を踏んづけて壊してやってください」とお願いして、その部屋を辞去した。
そして、俺はマンションの外で颯太にメリーさんの携帯電話を渡した。颯太は黙って受け取る。俺はその肩を叩いた。
「これで、終わるな」
颯太は頷いて目を細めた。
この手の中の携帯を持って、最終決戦に挑むのだ。
颯太がな!
「で、颯太。俺は今日テレビの予約があるから後を頼んだ」
「分かった。この携帯に翔の番号を登録しておく」
「毒をくらわば皿までって決まってるだろ! 一緒にいくよ!」
残念ながら俺も最終決戦に挑むことになってしまった。
* * * * * * * * * *
「で、どんな感じだ? 翔」
「普通にデロデロしてる」
言うなれば颯太の着信音的な、呪われ系の様子だと暗示してやったのだが、それじゃ意味がよくわからないと言わんばかりに颯太は肩をすくめた。
「じゃ、携帯を置いてみるか」
「おう」
颯太が無表情に携帯を手にもったままベッド下に入れる。すごいなあいつ。この前包丁で切られかかったのもう忘れているんだな。
俺があまり尊敬できない種類の「すごいな」という視線を向けると、颯太は携帯から手を離した。
黒い携帯がベッド下に残された。
「どうなってる?」
「んん……」
俺がベッド下を薄目で見ていると、メリーさんは警戒しながら携帯を引き寄せてなにやらもぞもぞしている。
じっと見ていると、そのまま動かなくなった。
「動かないな」
「つついてみるか?」
「お前のその前のめりな行動力は今はしまっておけ、頼むから」
しばらく見ていてもメリーさんは動こうとしなかった。頭の中にふと浮かんだことをまさかなぁと首を振る。
「どうした? 翔」
「なあ……まさかさ、充電が切れているとか、料金未納で止められてるとかないよな?」
「……」
ベッド下から抜け出せない為電話料金を払えませんでしたとか、妖怪電話なのに電池切れでした、とかあるのだろうか。そんなのがあるならば、妖怪世界も世知辛いもんである。
颯太は自分の携帯を手にすると、あろうことか床を滑らせてメリーさんのいるベッド下に放り込んだ。
「お、おい颯太!!」
「どうなった?」
メリーさんはいきなり飛んで来た携帯に驚いた様子でベッドの奥に引っ込んだ。
しばらくして、おずおずと伸びた手が、颯太の携帯を掴む。
俺に向けて問いかけるような颯太の視線に、首を振って黙ってろと目線で促す。
メリーさんは数秒だけ携帯を見つめたような様子だった、が。
携帯をそのままベッドの外に押し出してきた。
「ダメっぽいぞ」
「……うーん」
首を傾げて悩む颯太だが、ふと俺の携帯を見る。
「お前の携帯をちょっと貸してくれ」
「使用目的が『メリーさんに貸す』以外なら貸してやる」
どう考えてもこれは危険なフラグが立っている。俺は携帯を死守しようとズボンを押さえた。
「さっき見たメリーさんの携帯な、画面タッチタイプじゃないんだよ」
「……」
旧機種はボタンを押すと通話が出来るが、新機種だと画面をタッチすることによって通話をするのだ。
そういえばメリーさんのは新型ではない。おい妖怪携帯電話会社。さすがに今はタッチ式携帯電話が主流だぞ、分かってんのか。持っていない俺がいうが、ちゃんと開発して操作方法くらい覚えさせとけ!
「せ、説明書を突っ込んでやれよ!」
「読まずに押し出されると思うが?」
普段、説明書を読まない俺には何の反論もできなかった。
ぐぐぐぐ、と俺の言い訳が潰えた。さあ、と手を差し出す颯太に、渋々と携帯を貸してやる。あ、ちょっとまて個人情報を。
俺が電話帳を削除するように思い立った瞬間、彼は再度ベッド下に携帯を滑らせた。すると。
「っ!? メリーさんが、消えた!」
俺の携帯を掴んだメリーさんは、なにやら電話口に呟いた様子を見せて、痕跡も残さず消え果てたのだ。俺の携帯ごと。
俺の叫びが、恐怖の産物のいなくなった部屋に響いた。
後日、昭人が「お前からの電話を取ったらすごく怖い目にあった」と泣きはらした顔で言っていたが、あえて理由は聞かなかった。