17 警告音
学校の最寄り駅から電車で15分ほどの所に、そのマンションはあった。10階建ての綺麗なマンションで、颯太が住んでいるマンションに外観が似ている気がする。
なんとなく、あそこからここに引っ越したんだろうなというのがよく分かった。
ごくりと俺は息をのむ。
知りたくもないが、ここにあのベッド下の恐怖を知る最初の住人がいるのだろう。彼だか彼女だか分からないが、その人が始まりなのだ。
「……行くか」
「うん」
気分は魔王城に赴く気分である。デロデロデロデロデーロンという恐ろしいBGMすら聞こえてくる気がした。
「あ、ごめん、電話」
お前の着信音かよ!
颯太が携帯を取り出して話しているのを、仕方なく待つ。一体誰からの着信音をそれにしているのだろうか。親父さんか、昭人……は颯太の電話番号は知らなかったな。同じクラスの人は緊急連絡網があるので電話番号を知っているはずだが、颯太のほうが登録している可能性が低い。
「はい。……はい、気をつけます」
敬語を使っているから、親父さんではないな。バイト先か? マスターに何か恨みでもあったのだろうか。あんな呪われた時の音楽を着信音にしているとか、深い溝があるに違いない。
ピッと電話を切ると、颯太は俺に向き直った。
「あやさんだった。気を付けてくださいってよ」
……うん、駄目だこいつは。俺の心からの「コイツどうしようもねぇな」という視線に、颯太は首を傾げた。
俺はあやさんの着信音を某女性歌手の曲にしているというのに、こいつは呪われたときにかかる曲か。あやさんで呪われるならひなこちゃんはどんな着信音にしているのだか、今度かけてみて貰わねばなるまい。俺の予想では本命が変更なしの元のプルルルル音、対抗が全滅時の音楽だ。ひなこちゃんの番号すら登録しているか怪しいから、変更無しの予想である。
ついでに俺からの着信音を何にしているか気になったが、聞いてこの場でぶん殴るとこの後の士気が下がるため確認は後にすることにした。
俺と颯太はマンションの入り口に向かう。
「ここも入り口から連絡しないといけないのか……颯太、ちゃんとこの時間に行くって連絡つけてあるよな?」
このマンションもオートロック式であり、部屋番号のボタンを押すと、入居者が確認して中のホールに入れるようになっているようだ。この場合、事前に部屋の人の了承がないと入り口から一歩も中へ入れない。
よって根回ししているかと尋ねると、颯太は首を傾げた。
「不動産屋のアルバイトのお姉さんが連絡してくれているはず。俺も話すのは初めてだけど」
「どんな人か聞いたのか?」
「鈴木さんだって」
「……は?」
――鈴木?
うん、まさかな。日本では鈴木も佐藤も田中もいっぱいいるしな。まさかこんな回り道をしてあの眼鏡のはずはあるまい。
眼鏡であったなら、今すぐ首根っこ捕まえて両手両足縛ってベッド下に突っ込んでやろうと固く誓った。
俺の視線に気付いたのか、颯太は俺を見返すと、頷いた。
「ああ、あの不動産屋さんの鈴木さん」
「おい、ロープ持って来たか?」
「え、いや? 言っている意味がわからない」
首を振る颯太がインターホンを押すと、そこから返事が返ってきた。
――あ、はーい!
予想外に可愛らしい声だった。駄目だ眼鏡鈴木、たとえお前がどんな可愛い裏声を出そうとも、ぶん殴る。そして包丁を持った可愛い女の子と戯れると良い。生命の保証はしないが。
「あ、こんにちは、河野颯太です。下にいます」
――はーい、聞いてます! 今開けますね-!
ウィーンとホールの扉が開いて、俺と颯太はホールへ入る。俺は笑顔で颯太へ言った。
「じゃあ、玄関が開いたら俺がぶん殴るから」
「いや、待て翔、何を言ってるんだ」
「あの眼鏡の眼鏡をどう割るかって話だろ?」
俺の目は恐らく座っている。颯太は困惑した表情で、エレベーターのボタンを押した。
「眼鏡って、不動産屋さんだよな。今仕事中のはずだろ?」
「明日から仕事に行けなくなるようにベッド下に押し込むんだよ」
「翔が何を言っているのか分からない」
エレベーターが到着すると、俺と颯太が乗り込む。
8階へ到着してエレベーターを出ると、指をぼきぼきとならす俺を怪訝そうに見ながら、颯太が一室の前で立ち止まる。表札には鈴木と書いてあった。あの眼鏡め、よくもここまで回り道させやがって。
ピンポーンとチャイムを鳴らすと、しばらくしてからガチャッと扉が開いた。
眼鏡、今日がお前の命日だ――って、あれ?
「あ、こんにちはー!」
中から出てきたのは、眼鏡をかけた……可愛い女の人だった。おい、眼鏡いつの間に性転換を。俺が眼鏡をかけていたらたぶん今、びっくりしてずれているぞ。
「不動産屋さんの、妹さんだって」
後ろから颯太に言われて、思いっきり颯太の足を踏んづけた。
「先に言えよ!」
「痛っ、だから言ったじゃないか、不動産屋さんの鈴木さんって」
確かに颯太は一律して眼鏡のことを不動産屋さんと呼んでいたけど、鈴木さんで分かるか!
あやうく女の子をぶん殴るところだった。危ない危ない。
鈴木妹は、そんな俺たちを目を丸くして見ていたが、笑って中へと入れてくれた。
そうして俺たちはやっと、最初の住人にたどり着いたのであった。