16 終業式後
なんだかんだで、クリスマスではあるが当然何もなく終業式が終わった。
「颯太くーん」
狩人が獲物を狙う目で来た。良く思うのだが、へこたれないその根性はどこからくるのだろうか。見習いたくはないけど、研究はされてほしい。何かに役立つのではないだろうか。根性薬の抽出とかに。
「ひなこさん、何の用?」
相変わらずそっけない颯太だが、ひなこちゃんは気にすることなく傍まで駆け寄ってきた。
「颯太くん、桜のところのアルバイトがないなら一緒に遊ばない?」
さすがクリスマス。ここで押さねばいつ押すのかというキラキラと輝く笑顔でひなこちゃんが言ったが、のれんもかくやという颯太には通じない。さっくり断られる。
「翔と約束があるから、無理」
したくもなかったが、約束はあった。最初の入居者の家にインタビューに行くのだ。俺の第一声は決まっている。「ずっとあの部屋に住んでいるこいつをどう思いますか」と尋ねたい。わかり合えるはずだと信じてる。
「ええぇ……! クリスマスなのに、男同士で出かけるの……?」
潤んだ瞳を颯太に向けるひなこちゃんは、一瞬こちらを刺すような目で見た。刺される恐怖はあの部屋だけで十分なので勘弁してほしい。
「翔くん……他の可愛い女の子呼んであげるから一緒に遊ばない?」
たたっと走って寄ってきたひなこちゃんは、こっそりと俺の耳元で囁く。心から惹かれる誘惑ではあるのだが、一緒に連れて行ける場所ではない。今からベッド下の恐怖を解明にいくのである。あと女の子の言う「可愛い女の子」は信用してはいけないと死んだばあちゃんが言っていた。
「悪いんだけど、結構前から約束してた人に会いに行くから、今回は遠慮してくれるかな?」
俺が言うと、不満そうな表情を隠そうともしないひなこちゃんは、首を振った。
「じゃあ、代わりに冬休みに遊ぼうよ。桜も呼ぶから、ね?」
以前ひなこちゃんと一緒にいた桜ちゃんに驚いたが……聞いてみたところ中学校の頃友達だったようだ。確かに三次元ハンターであるひなこちゃんと、二次元ハンターである桜ちゃんは利害の対立がない。それ故仲良くできていたのではなかろうか。まさかそんな繋がりがあったとは。
「ちょっと冬休みは忙しいんだ、じゃあ暇な時にメールするよ」
訳:暇じゃないから多分メールしない。
俺がオブラートに包みながらもひなこちゃんをあしらっていると、早々に颯太は鞄を持って玄関へ向かった。
「絶対だよ、約束したからねー!」
颯太を追いかける俺に、後ろから脅迫の声が掛かった。きっと満面の笑みでバイバイと手を振っているだろうひなこちゃんからダッシュで逃げる俺であった。
* * * * * * * * * *
最初の入居者の家までは電車で10分ほどだという。電車は微妙に混んでいたため、俺と颯太は乗り込むと、ドアの脇に立った。
ふう、とため息をつく俺。既に12月。颯太はあの場所に、4月より前から住んでいたからもう8ヶ月か……そろそろ来年度のことも考えないといけないのだ。諦めるか引っ越すか俺と縁を切るかしてほしいものである。
「……翔は誰にでも優しいな」
しばらく乗っていると、颯太がぽつりと言う。いきなり何を言っているやら、と俺がその顔を見ると、颯太はドアの脇の手すりに寄りかかるようにして、窓から外を見ていた。
「な訳ねーだろ。俺は俺が一番大事だ」
心の底からそう思っているのだが。何を言っているのだろうか、こいつは。
「ひなこさんにも優しいし」
「女子ネットワークの怖さを知らないお前は黙れ」
かつて何度も「颯太くんと仲良くさせて!」「あの女なんで颯太くんと仲良しなの!?」「翔くんは誰の味方なのよ!」などという女の恐怖を味わった俺は、いかに逆鱗に触れずに流すかという技を年々向上させている。俺という水面下の出来事なので、颯太はこの恐怖を味わわない。ただしイケメンに限るという言葉は真理である。
「今日は俺に付き合って出かけるし」
「じゃあ帰るわ」
「……」
やめろその捨て犬の目は。
「言っておくが、これで謎が解明されなかったらいい加減諦めろよ、お前も」
俺としては最後の譲歩のつもりである。何度も最後の譲歩をしている気分だが、それは突っ込まれたくはない。
「分かってる、いつもありがとう。……翔」
「……おう」
そう言ってふっと笑う颯太は、多分女だったら惚れるくらいに嬉しそうな表情をしていたのだろう。人前ではめったに笑わないのだが、たまに笑うとこれである。周辺のお姉さんと中学生らしき女の子が真っ赤な顔で颯太を見つめている。中学生の女の子はもじもじと手には携帯を持っているが、恐らく連絡先を知りたいのだろう。
「あっ、あの、座りますか……!?」
手すりの反対側に座っていたお姉さんが颯太に席を譲ってきた。さすが社会人は積極的である。
「ありがたいですが、別に疲れてないですから。翔、座るか?」
「今、席に座るくらいなら俺は空気椅子に座る」
今日はクリスマスだった。颯太を見つめる周囲の女の視線を感じながら、サンタさんにイケメンの顔をお願いしようと誓う俺だった。