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15 死ねばいいのに


 次の日。日曜日なので学校がなく、そして出来れば忘れておきたかったバイトの日であった。

 桜ちゃんの様子が気にかかるはかかるのだが……偶然店の勝手口で会ったので挨拶をしたら、何故か颯太の機嫌が悪かった。


「よ、颯太」

「おはよう」


 一見いつも通りの反応ではあるのだが、幼なじみなのでなんとなく分かる。これは機嫌が悪い日の反応である。

 あやさんと上手くいかなかったのだろうか。そうは思ったが聞くのもなんとなく気が引ける。まあ、後でいいか。それよりも今日は最大の強敵が控えている。

 バイト服に着替えてキッチンへ向かうと桜ちゃんが、ぱああっと顔を輝かせて挨拶してきた。


「お早うございます、翔さん、颯太さん!」

「……おはよう、桜ちゃん」


 その輝きを何か地球資源として使って欲しいような気がする。太陽光発電の代わりになれるのではないだろうか。

 そんな輝き全開の桜ちゃんは、にこにことモーニングの準備のために野菜を用意している。俺がキッチンを出ると後ろで颯太が桜ちゃんに軽く頭を下げてからこっちへ向かうのが見えた。

 颯太は、桜ちゃんには壁がある。自分から話しかけもしないし、笑顔も見せない。ひなこちゃんは言うまでもない。今まであいつが笑顔で話してる女の人は美香さんくらいしか見たことがない。人見知りというか、警戒心が強いというか。

 そんな颯太がやっと女の人に笑顔を見せる。これは応援してやらねば、と思うだろう。


「……そんなん分かってるんだけどなぁ」

「何が?」


 後ろに颯太が立っていた。びくっと跳ねるように驚いた。お前、ホラー映画の悪霊のような出現方法はよせ。


「な、なんでもねぇよ。ほらもう時間だし、レジ行こうぜ」

「……ああ」


 颯太は少し片方の眉をあげると、ふいと視線を逸らしてマスターの方へ向かった。


「……?」


 何故かいつもより、無表情のくせに沈んでいる気がした。




 * * * * * * * * * *




「翔さん!」


 ルクス単位で言えばいくつだろう。輝く笑顔の桜ちゃんが、昼休憩中の俺の所へ来た。ちなみに颯太は接客中で、後で俺と交代で休憩になる。きらきらしている桜ちゃんの笑顔がまぶしいような悲しいような。


「あの人、颯太さんの同棲彼女ですか!?」

「……」


 予想通りの質問に、俺の視線がちょっと遠くなる。同棲彼女は現在もベッド下だと思います。


「えーっと」


 違うと言えば違う。しかし颯太はあの後どうなったのだろう。同棲ではないが彼女になる可能性がある、と言えばいいのだろうか。


「違う」


 急に声が飛び込んできた。休憩所の扉を開けて、颯太が桜ちゃんと俺を睨んでいた。


「あっ、あ、颯太さんっ」


 かあっと赤くなる桜ちゃん。裏でこうやって俺に色々聞く女の子はいたが、颯太が睨んだり怒ったりすることは今までなかった。ついでに俺も颯太に女絡みで睨まれるのは初めてである。

 気まずそうな桜ちゃんに颯太はもう一度言った。


「俺は別に誰とも付き合っていないし、誰かにお膳立てされるのも好きじゃない」


 投げつけるような最後の一言は俺に向かってだった。

 昨日の一件を指しているのは明白で、だから今日不機嫌だったんだということが分かった。実際今まで俺は颯太に誰かと付き合うように言ったこともないし、手紙やらバレンタインチョコやらの中継はしたが、それについてどうこう言ったことはない。いや、バレンタインはいつも颯太に「死ねばいいのに」と伝えているくらいである。

 それでも颯太は飄々としていたし、今まで女絡みで不機嫌になったことなかったのに。


「……」


 それだけ言って扉を閉める颯太の後ろ姿を見る俺に、桜ちゃんが頭を下げた。


「あの……ご、ごめんなさい……」

「え……?」


 桜ちゃんは、先ほどの輝きが消えてしまったかのようなしょんぼりとした顔で謝った。


「私、勝手に変に盛り上がって、変なこと聞いちゃって……。ごめんなさい……。格好いい颯太さんと可愛い翔さんが凄く仲が良いのが羨ましくて、変な妄想とか色々しちゃって暴走しちゃいました……本当にごめんなさい……」

「桜ちゃん……」


 可愛いという冠詞について小一時間ほど問い詰めたい気持ちが沸き上がってきたが、変な妄想については絶対詳細を聞きたくない俺は、首を振った。


「いや、颯太が怒ってるのは、俺にだよ」


 今まで颯太と喧嘩という喧嘩はあまりした覚えはない。強いて言うなら颯太の家のガリガリ君を勝手に食った夏の日に、箱で返すまで口を聞いてくれなかった時くらいである。


「颯太さんにも謝ってきます!」

「ちょっとまった!」


 出て行こうとする桜ちゃんの手を掴んで引き止める。


「多分、俺が先。謝ってくるから」

「でも、翔さん……」

「大丈夫」


 しかし、俺が休憩時間が終わると交代で颯太が休憩なので、すれ違ってしまう。悩む俺に桜ちゃんは「レジと接客、私がしますっ」と申し出てくれた。


「え、いいの? 桜ちゃん」

「任せて下さい、翔さん! 以前は私が全部やってましたし!」

「あ、キッチンは?」

「お爺ちゃんがいるし、昼時は過ぎたので大丈夫です!」 


 輝き復活の桜ちゃんである。その笑顔を見るとほんわかと胸が暖かくなる。

 ――やっぱり女の子は笑顔がいい。

 颯太にも、そう思って欲しかったんだよ、なぁ……。




 * * * * * * * * * *




「……話って?」


 颯太は休憩所で黙々とまかないを食べながら尋ねてきた。俺は颯太の目をじっと見つめる。見つめ返してきた颯太の目は、怒ってはいるけど冷たくはない。俺はぺこりと頭を下げた。


「颯太、ごめん」

「……」


 まかないのオムライスを無言で口に運んでいた颯太は、ぽつりと言う。


「何で翔が謝るんだ?」

「変に気を回して、ごめん」

「……」


 もぐもぐとオムライスを頬張る颯太は、その手を休めることはない。なぜなら颯太はオムライスが大好物だからだ。話すくらいなら食いたいはず。ところがぴたりと颯太は食うのをやめた。


「あやさんとは、メールアドレス交換した」

「……おう」


 スプーンを置くと、颯太は携帯を弄る。すると、すぐに俺の携帯が鳴り出した。 


「……ん?」


 颯太からのメールには、あやさんの電話番号とメアドが載っていた。


「あやさんには、翔に、メアド教えてもいい?って聞いたから」

「……」


 それは、お前……。フラグを叩き折るにもほどがあるだろう……。

 俺が可哀想な人を見るような目で颯太を見ると、オムライスに戻る颯太が見える。

 ……なんだかなぁ。結局の所俺の勘違いか。恋人ができたり、女の子の可愛さを実感したらこいつもいい加減「いのちだいじに」という選択肢を選べると思ったんだけどな。


「あやさんにはお前、珍しく笑顔だったからフラグが立ったと思ったのに……」

「あやさんは」


 オムライスを食べ終わった颯太は少しむくれたような表情をした。


「姉さんのこと大事にしてくれているから、嬉しかったし、人としてもいい人なのは話してて分かった」


 少し逡巡してから重ねて言う。


「もし翔がこれから誰かと付き合うなら、俺はそういう人と付き合って欲しいと思ったんだよ」

「……」


 ……なるほど。よく分かった。

 確かに幼なじみに恋のお膳立てをされるのはものすごく気恥ずかしいものがある。


「ふ、ははっ!」


 つい俺は吹き出した。いやいや、全く。


「俺らみたいなお子様には恋の話はまだ早かったな」

「俺は別にいいけど。翔は女の趣味が悪いから、俺の認めた人と付き合って欲しい」

「おいこら聞き捨てならねぇぞ、それは。俺のどこが趣味悪いんだよ」

「最初桜ちゃんによろめいていただろ」

「……」


 桜ちゃんは別に悪い子ではない。ちょっと腐った趣味があるだけだと思う。俺と颯太に変な視線を向けるだけだ。うん、ごめん無理かもしれない。


「ひなこちゃんだって外見は好みだったろう」

「外見は、うん」


 中身は決して触れない。だってあれ狩人だもん。


「だから心配なんだよ」


 ……。

 なんでだろう。お前の心配すべき場所はそこじゃないだろうと全力で突っ込みたい。


「お前はもう少し、ベッド下のことを心配しろよ。結局昨日も帰って普通にベッドで寝ただろ?」

「うん」


 こいつの心臓、超合金か何かで出来ているのだろうか。


「あやさんとも話したんだけどさ」


 颯太は携帯をしまうと、言った。


「学校が冬休みになったら、あの部屋の最初の入居者の所に行ってみないか?」

「え? だってあの眼鏡吐かせなきゃ行けねーだろ?」

「ああ。あの時、不動産屋のアルバイトのお姉さんがこっそり教えてくれた」

「……」


 俺が眼鏡と戦っている裏で、こいつ何をやってやがる。


「あと翔、なんで俺からのメールが『死ねばいいのに』の着メロなんだよ」

「……俺の心情を表しているからだ」


 本当に、時々真顔で死ねばいいのにって思わなくもない。





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