13 さよならフロアワイパー
「俺のクイックルワイパーが……」と寝言をほざく颯太を完全無視して、俺はあやさんを連れて玄関へ向かう。逃げねばならない。やはりここは戦場である。
「翔さん、颯太さんが! あ、翔さんも大丈夫ですか!?」
多少の動揺を見せるあやさんではあるが、玄関の外に出ると心配そうに俺を見つめる。見つめ返してもおそってこない人っていいなぁ、と俺が遠い目をすると、玄関から颯太が出てきた。
「颯太さん、大丈夫でした?」
「俺は無事です。クイックルワイパーがお亡くなりになりました」
お前の右手がお亡くなりになるところだったんだ、阿呆!
睨む俺の視線に気付いたのか、颯太は俺をじっと見つめる。男を見つめ返したくはないので、俺はさっさと身を翻してエレベーターへ向かった。
「翔、どこに?」
「眼鏡のところだ」
カチリと玄関の鍵を閉める音が聞こえるが、大丈夫だ颯太。泥棒は入らない。入っても泣いて逃げる。
「あやさん、俺たち不動産屋にいきますけど……」
「あ、ついて行きます」
あやさんが小走りで颯太を追いかける音が聞こえる。少し小さな声で颯太に囁く。
「あの……翔さん、怒ってます?」
「怒ってますね」
「……颯太さんが刺されそうになったから、ですか?」
「そうですね」
「翔さんって……本当に友達想いなんですね」
エレベーターを待っている俺には丸聞こえである。お前ら声を潜める気ないだろう。
あやさんは俺の後ろで颯太とほのぼのと話している。
「これだけ心配して怒ってくれる友達って、普通いませんよ。颯太さん」
「はい。俺は幸せ者です」
……なんだろう。のたうち回って地面を叩きたくなってきた。
これは遠回しな嫌がらせなんだろうか。褒め殺しってやつか、畜生。歯噛みをする俺の後ろで、あやさんは優しく言葉を重ねた。
「そんな大事な友達があなたのことをすごく心配して、引っ越して欲しいって気持ち分かってあげてくださいね」
「……はい」
颯太の真剣な声が、後ろから聞こえる。
くそっ、別に心配なんかしてねえよ。いつものことだしな!
俺は目尻に浮かんだ涙をごしごしと拭くと、さっさとエレベーターに乗って閉のボタンを連打した。