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11 引っ越し引っ越し 

 美香さんの、ルームメイト?

 俺も颯太も驚きはしたが、あやさんの名前に聞き覚えがあると言う颯太は「良かったら上でお茶でも」と申し出た。

 が当然の如く却下された。俺に。


「……で」


 喫茶店の「Merry」に行こうかと思ったが桜ちゃんが「え! え! もしかしてあの人が同棲彼女で、ついに対決!?」と言わんばかりに輝く顔をするのが容易に予想できたのと、ベッド下の女の話を聞かれたくなかったため近くのファミレスで話をすることになった。

 席に落ち着くと、あやさんは話し出した。


「颯太さんの引っ越しの手伝いをして帰ってきてから、急に美香がベッドを捨てるからどうしたのかと話を聞いたら」


 美香は震える手で携帯の写メールを見せて来た。そこには……。


「ベッド下が写っていたんです!」


 この極悪人が! と俺が颯太を睨むと、颯太は気まずそうな顔で頭を下げた。


「姉さんには悪いことをしてしまったと……あやさんも、すみません」

「違うんです」


 あやさんは首を振った。


「ベッド下の写メには、何も写ってませんでした」


 え? と目を丸くして颯太を見る。颯太は眉根を寄せて考え込んでいるようだった。


「少なくとも私には見えなかったんです。だから私は美香に言いました。何も写ってないわよ? って」




 すると美香はそんな訳がない、とばかりに写メを見直して、「やっぱりいるじゃないの!」と悲鳴を上げて寝込んでしまったのだった。

 しばらくして何とか立ち直るとすぐに、美香は弟のためにベッドを入れ替えた。しかし後日弟の友達から「まだやっぱりヤツがいます」とメールが来て、今年は帰省どころではない、どうにか弟を説得したいけど直接話す勇気がない、といったのだ。




「だから出しゃばっているのは重々自覚してるけど、美香の代わりに来たんです。颯太さん」

「……はい」

「あの部屋から移動する気はないですか?」

「ありません」


 即答だった。隣の俺が代わりにすぱーんと颯太の頭を殴った。お前は前回の俺との事件をどう思っているんだ。俺があんな醜態をさらしたにも関わらず、引っ越し拒否とは。


「颯太、お前な! まさか来年も契約更新するつもりじゃないだろうな!?」

「……更新料無料だって言うから」


 あの眼鏡のメアドを知っていたら今すぐに颯太の携帯を奪い取って恐怖のメールを送りつけていたところである。


「美香は仕送りを颯太さんに回しても全然いいって言ってましたよ?」

「気持ちはすごく嬉しいんですけど、今の状態ならバイトもあるから、家賃も生活費もバイト代で賄えるんで、出来れば来年も更新……その……」


 ちらちらと俺を見ながらあやさんの言葉を拒否するが、今俺はお前の電話とメールアドレスを拒否するのに忙しいから話しかけるな。

 俺が無言でポチポチ携帯を打っているのに不安を覚えたのか、颯太が悩むように額に手を当てた。


「……翔も反対なんだよな?」

「賛成の表情に見えるか?」

「……」


 観念したように、颯太は頷いた。


「分かりました、更新せずに引っ越します」


 お、と俺が拒否を解除していると、あやさんは嬉しそうな表情で頷いた。

「良かった、帰って早速美香に報告しますね!」

「いや……正直俺は出来れば引っ越したくはない、っていう気持ちがあるんです」


 気持ちは全っ然分からない。


「今のところは何の被害もないですし」


 精神的な被害が出ているだろうが、お前の隣と東京に。


「更新までにもし、何の問題もなくなったらそのまま住み続けたいんです」


 何の問題もなくなるイコールお前が亡くなるというオチでもいいのか。お前は。

 隣から睨む俺の眼に両手を挙げて降参しつつも、颯太は最後まで言い切った。

 あやさんは悩むような顔をしている。


「もちろん……颯太さんのことですから、部外者の私がこれ以上どうこう言うのは筋違いだと思います。できれば、すぐにでも美香は引っ越して欲しい様子ではありましたけど」


 うん、と一度頷いてあやさんは笑った。


「とりあえず、口を出した以上は協力させてください。颯太さんが手伝って欲しいことなどありましたら、メールくださいね」


 そう言ってあやさんは鞄から名刺を出した。携帯番号とメールアドレスが載っているそれを颯太はぺこりと頭を下げて受け取る。


「ありがとうございます。姉のことも、すみません。ありがとうございます」


 美香さんにいい友達がいるのが、嬉しいせいか颯太は珍しく微笑んだ。ちょっと頬を赤くしてあやさんが首を振る。


「いやいや、出しゃばってごめんなさい。余計なお世話だって言われるだけだとは思ったんですけど、つい」


 ぺろっと下を出すあやさんは、年上なのにまるで年下のような可愛らしさがあった。


「本当は、実際に見て協力できればしたいですけど、私には見えないんですよねぇ……」

「大丈夫です。俺の友達が見ますので」


 マジで! 颯太お前友達いたっけ? 俺? 今のこの瞬間から他人になったけど?


「……昭人を派遣するわ」

「俺の幼なじみがいますんで」


 颯太はわざわざ言い直した。くそ、確かに幼なじみだとピンポイントで俺だけだ。念のためお断りをしておいた。


「断固拒否する!」


 言う俺を宥めるように優しく見る颯太。おい、なんで俺が「全くわがままだけど仕方ないなぁ、そんなお前だけど俺にとって一番大事な親友だ」みたいな目で見られないといけないんだ。多分わがままなのお前のほうだぞ。

 しかし実際、問題があるかないかは、颯太には分からないだろう。奴に言わせると常に問題はないのだが、周囲の俺たちには問題がアリアリなのである。何回見ても慣れない怖さなのである。

 ん? 周囲の?

 すこし俺が考え込むと颯太はあやさんと、美香さんについての近況などを聞いている。普段無愛想なくせして、身内には笑顔も見せるのだが、こんなところをクラスの女子に見られたら瞬時に女子ネットワークで彼女の噂になるに違いない。


「……あれ?」


 そのとき、小さな聞き覚えのある声がレジ近くから聞こえた。ん? と顔をあげると、そこには「Merry」の桜ちゃんと。クラスメイトのひなこちゃんが2人でいた。

 桜ちゃんが俺らを見て目を丸くしていた。


「……!?」


 な、なんだその組み合わせは!?

 ぽかん、と口をあける俺に対し、俺と颯太とあやさんをぐるぐると見回して、桜ちゃんは「え! え! もしかしてあの人が同棲彼女で、ついに対決!?」みたいな顔をしながら、颯太を見つけたひなこちゃんの腕を無理矢理引っ張って行った。


「ちょ、桜、颯太くんが……」

「駄目だってば、ひなこ、邪魔しちゃ!」


 いや邪魔といえば、ばっちり邪魔ではあるが……。

 完全に誤解された表情で2人は縺れるように外に出て行った。そしてそれを気付いてないのか気にしてないのか、小さな笑みを浮かべたままあやさんと話す颯太。頬を赤くして返事をするあやさん。

 ……なんだこのカップルとその隣の可哀想な俺。


「……颯太」

「?」

「お前の部屋のアレ、見るの手伝うわ」

「本当か? なんでまた、いきなり?」

「一刻も早くベッド下の女かお前と縁を切りたくなってきた」

「……」


 颯太は黙ったまま悲しそうな顔をした。く、こいつのこの捨てられた犬のような視線には、どうしても弱い犬好きの俺。ぷいとそっぽを向くと吐き捨てた。


「……冗談だ!」


 半分以上本気であったことはとりあえず黙っておこう。

 颯太が俺の頭をくしゃくしゃしたので、とりあえずどつき返してやった。


「仲良しなんですねぇ」


 くすくすと笑うあやさんだが、俺はこいつよりは女の子と仲良くなりたいです。心から。

 ベッド下は除きます。



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