0008 ヤバイやつ
今朝、高校の生徒が殺されたらしい。
帰路に就いた轟優香と西谷可奈は、遺体をしばらく眺めていた中性的な容姿をした少年と異様に長い黒髪の少年の2人のことを思い出していた。
「あの女の子みたいな男の子が神宮――誰だっけ」
優香は思い出そうとするふりをした。彼女は神宮某のことに、あまり興味を持っていないらしい。
すると、可奈がやけにニコニコ顔で答えてくれた。
「神宮蓮君だよ」
「そんな名前だったわね」
登校時間が少し遅めの優香と可奈が学校に着いたころ、大量の野次馬が寄りたかっていた。なので、彼女達は近くから遺体を見ていない。野次馬の多くが吐き気に襲われていたようだったから、もしかすると虐殺事件だったのかもしれない。
「そういえば、告白はどうなったの?」
優香が興味無さそうにに尋ねた。
「あのね、優香……今日は学校で生徒の遺体が発見されたんだよ? 告白なんて無理に決まってるじゃん!」
そりゃそうだ。
「ん……その通りね」
優香はあくびをかみ殺しながら返事をした。
「その通りね、って……まったく、他人事だと思って!」
「他人事でしょ。どう考えても」
可奈は何か言いたそうな顔をしていたが、彼女は言葉を発することができなかった。
2人が十字路にさしかかったとき、彼女達からみて右側の曲がり角から、制服を纏った少女が不意に現れ、危うくぶつかりそうになったからである。
「ッ!」
少女も優香達に気付いたようで、反射的に足を止めた。結果的に、3人ともが、十字路の角で立ち止っている形になった。
優香は少女を足から顔へと緩慢な動きで見た。
見覚えはあるが、知らない顔だった。
その少女は、まだらに染められた髪をポニーテールにしており、両目にそれぞれ異なる色のカラーコンタクトでもしているようで、右目は紅く、左目は蒼かった。肌は褐色で、健康的な小麦色に焼けていた――非常に派手な容姿の少女だ。ちなみに制服は優香や可奈と同様のものだった。どうやら、同じ高校の生徒らしい。
「危ねェな、おい」
先入観を持つことは良くないことだが、優香と可奈の予想は的中していた。彼女の性格や口調についての予想である。
「す、すいません」
とにかく係わるとろくなことが無さそうなので、適当に謝って(可奈が)さっさとこの場を去ろうとした。
「そ、それでは」
これは優香。早速、歩を進めようとする。ワンテンポ遅れて可奈も優香にならう。
「ちょッと、待て」
可奈が足を動かす前に、まだらポニーテールの少女に呼び止められた。
「何か用でしょうか?」
面倒なことになりそうだな――優香は悠長なことを考えながら、言葉を返した。
「素敵なお2人さんにちょッくら質問させてくンねェかなァ?」
質問? いくらカツアゲできるかどうかでも聞くのか? そんなこと聞かなくていいのに。今、優香と可奈、2人とも財布を持ち合わせておらず、しかもその中身もスズメの涙ほどしかなかった。優香はともかく、可奈も先日のハンバーガーショップや恋愛に関する書籍が効いているようだった。
「何、たいした用じゃないンだけどよ。今朝、学校の生徒が殺されてただろ?」
優香と可奈は黙って頷いた。
「なンか情報を持ってねェかな? って……な」
情報って……あなたはどこの組織に属しているんですか。
「いいえ、私達は何も知りませんね。誰が殺されたのかも」
可奈はすっかり固まってしまっているので、優香が代弁する。
「あァそう」
「ええ」
「何も知らないのか……。じゃ、これで失礼させてもらうぜ」
「では、私達も」
危険な人には係わってはいけない。優香はその場をなるべく早く立ち去りたかったので、今朝の事件について何も知らないということは、好都合だった。別に嘘をついても良いのだが、何故かついてはいけないような気がした。嘘をつく程度のことで、罪悪感を覚える轟優香では無かったはずなのだが。
「ああ、もう1つ質問いいか?」
まだらポニーテールに背を向けた直後に呼び止められた――やっぱりカツアゲ?
「別に大丈夫ですよ」
優香は精一杯の笑みを浮かべながら振り返った。
「いや、どうでもいいことなンだけどさ」
「はい、何でしょう?」
優香は自分の心臓の鼓動が高くなるのを感じた。
「――神宮蓮って知ってる?」
彼女のこの言葉を聞いたとき、優香の心臓の鼓動は静まり、安堵に包まれ、それまで、まばたき1つしなかった可奈の目が大きく見開いた。