0007 ロクデナシドモ
蓮は自宅に着いた。昼前のことだった。
冷房を入れていない家の玄関すら涼しく感じるほどに、外の気温は高かった。
緊急下校となり、家からは出るなと言われたが、何かすべきことはあっただろうか? ひとまず、蓮は記憶を巡ることにした。
学校側の指示をおとなしく聞いて、家で読書にでもふけるか――それとも、ミステリー愛好会の連中と今朝の事件について語り合うか――
「さて、どうしようか」
どうするかを考えているながら、スマートフォンでネットサーフィンをしていると1通のメールが届いた。
送信者は野口佳代だった。蓮が所属しているミステリー愛好会の同輩にあたる女子である。
<件名:緊急連絡>
その件名に蓮は眉をひそめた。
<唐突で申し訳ありませんが、下記のURLのチャットルームで緊急会議を開きます。神宮蓮君のログインパスワードは<ハンニバル>です>
わりと短いメールだった。続きはチャットルームにて行うということらしい。
「参加が前提なんだね」
蓮は苦笑しながらURLを確認した。
「ハンニ……バル、と」
蓮専用のパスワードを入力すると無事にチャットルームに入ることができた。
すでにチャットルームには、3人の同志が集まっていた。
<お、来た>
<……4人目>
<集まるの早ェな>
次々と文字が現れる。
左下にある<現在の入室者>の覧を見ると、<ハンニバル>の他に<AzL>、<罰桜>、<フェンリル>のハンドルネームがあった。
<こんにちは。佳代ちゃんは?>
と蓮はキーボードをたたく。
<てめえの彼女ちゃんは死にました>
フェンリルだった。
<ふーん。罪桜は?>
と慣れた手つきで打つ。
<おいおい、シカトかよ。お次は罪桜に乗り換え佳代>
<シカトはしてないよ>
<『かよ』を『佳代』ってウケを狙ってわざと間違えたなら、追放させてもらうぜ>
AzLが割り入って来た。
<わざとじゃないって、ただのタイプミスだっての>
<チャットとはいえ、誤字脱字には気をつけた方がいいかと。読む側の気持ちにもなってくださいね、ワンちゃん>
<誰がワンちゃんだってんだよ。バーカ>
大雑把なフェンリルと神経質なAzLは犬猿の仲だった。フェンリルとは北欧神話に登場する狼のことだが、
<お前のこと。フェンリルなんて大層な名前はいらんでしょうに>
とAzLはいつも小馬鹿にする。
他のメンバーが来るまで、先ほどのような他愛のない会話が繰り広げられていた。
5分後に<罪桜>。さらに10分後に<黄泉行き列車>そして<ゲスト>が到着した。
<遅くなってすみません。せっかくなので、ゲストさんにも来ていただこうと思いまして……思ったより時間がかかってしまいました>
ゲストを除くと、黄泉行き列車――このミステリー愛好会のマネージャー的ポジションの野口佳代が最後だった。
<おせーぞー。死んだかと思ってたぜ>
フェンリルが罵声を浴びさせる。
<まったくひどい奴だな。この馬鹿犬は。まるでしつけがなってない>
すかさず、AzLが挑発する。この2人を見ていると、蓮はいつも吹きだしそうになってしまう。
<何か言ったか? 4つ目ヤローのAzL君>
<4つ目でメガネヤローと表現したいみたいだけど、残念ながら君が使うとセンスがないな>
言葉に多少の違いはあれど、毎度、毎度こうなるからである。1度、ネット上で顔を会わせるだけで、
一体何回、このくだりをするのだろうか?
<誰がしつけたんだろうね>
蓮は吹きだしたいのをこらえて、キーボードをたたいた。
<俺の親>
当たり前だろ、と言わんばかりに、返答された。
<当たり前のことじゃん。面白くねー>
AzLだ。パソコンを使いなれているらしく、キーボードをたたくのがかなり早い。
<だから君にはセンスがないんだよ。笑いも勉強も、推理もな>
<運動音痴のてめーには言われたかねえって>
段々激しいマシンガントークになりつつ中、
<仲が良いことは悪いことではありませんが、罵り合いはオフでしてください>
冷静に佳代が沈静化させる。この流れはいつものことだ。だから佳代もこの2人を冷静に対処できるのだろう。
急に2人が何も打ち込まなくなった。佳代の言葉が効いたのか、ロックを掛けられたのかはわからない。
<それでは、今朝の事件について会議を始めましょうか>
会議と捜査、推理の参加を断ることはできない。それが、ハンニバルこと蓮が所属するミステリー愛好会の1番重要で、絶対に破ることのできないルールだった。