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0005 起動

 昼過ぎに、黒い長髪の少年は起床した。

 上半身だけを起こすと、あくびをかみ殺し、目あにをこすりとった。

「……」

 やがて寝床から起き上がった少年は、1台のノートパソコンの前の椅子に座った。回転式の黒色の椅子で、幼稚にも足で床を蹴り、自身の体ごと椅子を回転させる。

 その作業を何度もしながら、ノートパソコンの起動を待った。

「……」

 無言で。

 やがてノートパソコンが起動し、少年は慣れた手つきで要求されているログイン用のパスワードを入力した。 

<unowen>

 と少年は入力し、エンターキーに小指で軽く触れる。

 正常にログインできたのを確認すると画面の右上にある<たんていごっこ>という圧縮ファイルを解凍する。特殊な圧縮ファイルらしく解凍にも見慣れないソフトを使用していた。

 <たんていごっこ>を解凍すると<たんていごっこ>というファイルが通常形式でデスクトップに出現した。解凍された<たんていごっこ>をダブルクリックし、開くと<ついおく>、<つーる>、<ユーエヌ>という3つのファイルが出てきた。<ついおく>と<つーる>、<ユーエヌ>は、ぞれぞれ異なるタイプの圧縮ファイルだった。少年はそれらの解凍に必要なソフトを迷いもせずに選択し、1つずつ解凍していく。

 彼の記憶を証する<ついおく>。彼の技術を証する<つーる>。彼の二つ名を証する<ユーエヌ>。これらのファイルは、それぞれ異なるタイプの圧縮ファイルだった。それ以前に、3つのファイルが入っていた<たんていごっこ>自体も圧縮ファイルであった。これは、この<たんていごっこ>のファイルを誰か意図的に封印したと考えられる。その誰かとは――少年だろうか。

 少年はかつて封印されていた――解凍されたファイルを見て、親しい旧友に再会したような気分になった。普段は感情の変化が殆ど見られない少年だったが、今日、すくなくとも今は、とても興奮していた。しかし、それは少年自身が感じていることであって、周囲から見れば、いつもの無表情に等しい顔と何の変りもないと思われてしまうだろう。

 それでも少年は構わなかった。いや、気にするほどのことでもなかった。

 空気中にうかんでいる塵のように、どうてもいいことなのだった。

「警察……いや――ハンニバルの先を言ってみせよう」

 あらゆることが『どうでもいい』この少年にも『どうでもよくない』ことは存在した。それは謎解きを誰よりも――警察よりも探偵よりも神宮連よりも解くことだ。

 普段、独り言すらも発しないほど無口な少年は、珍しく落ち着いてられなかった。

 別に焦っているわけではなく、単純に推理が楽しみで楽しみで仕方がないのだ。武者震いに近い震えを少年はしていた。けれども、これは武者震いなどではない。

 探偵震いだ。



 鬼崎から『ある都市伝説』の話を聞いた翌日の朝、神宮蓮は見た目はいつもと変わらない校門に違和感を覚えた。

(これは――血の臭い? 相当な量な気がするなぁ……)

 見ずともわかるのは、もはや天性の素質などではなくて、経験して得た素質のおかげだった。

 死体を見るのに慣れてはいないが、見てもさほど動じることはない。

 が、今回ばかりは蓮も驚愕した。

「え……人間……?」

 生徒の悲鳴が絶えない中、蓮の視界にドス黒い肉の塊が見えた。

 それは人間と表現するには、あまりにも原型を留めていなかった。

 吐き気には襲われかけたが、実際に吐くまでにはいたらなかった。しかし、首筋から二の腕にかけて鳥肌が立った。鳥肌が立った感覚が、やけに生々しく感じられた。

 神宮連は恐怖しているわけではいなかった。

 彼は絶望していのだ。

 希望の無いところに絶望は無い。

 つまり彼は微かな希望を見つけ、どこかの場所でPCを弄っている少年と同じく興奮しているのだった。

 死体を見て興奮したわけではない。

 昨日、屋上で鬼崎から聞いた『ある都市伝説』――人間動物園にんげんどうぶつえん――が実在することが自らのまなこで視界に捉え、判明したことに興奮したのだった。

 

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