0001 白い部屋
チェーンソーがうなり声を上げる。
その音は、けたたましく白い部屋で轟いた。
天井も壁紙も白い部屋――床と扉だけが茶色で、他のすべてが白色の部屋には、窓が無かった。しかし、何故か監視カメラのような物が幾つも取り付けられていた。
「た……助け、て」
白い部屋の中央にいる男が声をしぼりだしたが、ほとんど声にならなかった。
「とらわれの人間よ」
男と向かい合うように黒色の白衣の男がいた。顔面には、あろうことかガスマスクを装着していた。
「……時間だ」
低い声でガスマスクの男が言った。
「ま、待ってくれ……! 何でもする! だから助けてくれ!」
男が決死の表情でせがむ。
男のその声を待っていたかのように、男はガスマスクの中で、にやり笑った。
「何でもする?」
ガスマスクの男が、わざとらしく繰り返した。
その意味深な行為に、男は悪寒を感じたが、今は自分の命が大切だ。手段は問わないことを割り切らなければ、ならなかった。
「ああ、何でもする」
だから命だけは助けてくれ、という男の言葉を無視し、ガスマスクの男は、無言のまま、手にしていたチェーンソーの電源を切り、椅子に縛られている男の膝の上に置いた。
「なら、殺せ」
「殺せ? 誰を?」
男の表情が強張る。同時に、男の背筋に冷たい汗が流れる。
「誰だと思う?」
「……わからない」
少年のその返答に、ガスマスクの男は特に反応を示さなかったが、どこかガッカリしたような様子を見せた。
「誰だと思う?」
この極限状態において、同じ質問を2度され、男はとてつもなく恐怖し、困惑していた。だからこそ、口を滑らせてしまったのだ。
「お、……お、お前」
普段なら男は手で自分の口を無意味に抑えているだろう。しかし、ロープで拘束されているので、気休めの行動もとることができない。
「なかなか、面白いことを言うじゃないか」
ガスマスクの男は何度も深く頷いた。
「でも、残念」
両腕を交差させ、バツ印を作った。黒の白衣にガスマスクという男がすると、とんでもなく奇妙であり、滑稽でもあった。とらわれの男も、これがテレビで見ているバラエティ番組なら、ビールを飲みながら、大笑いしているだろう。
「殺されるのは、君だよ、君」
ガスマスクの男は残酷にも冷徹にそう言い切った。
「自分で自分を殺すか、長い間じっくりと痛めつけられるか、どっちがいい? どちらにせよ、痛みは伴うけどな」
「……」
男は答えなかった。
ガスマスクの男は、部屋に幾つもある監視カメラの1つに顔を向けた。
「どっちに賭ける? 俺は黒で」
『あら、黒? どうして?』
ガスマスクの男が耳につけているイヤホンから、若い女性の声が聞こえた。
「こいつ、結構面白い奴だぜ」
監視カメラから視線を外し、歯をガタガタと震わせている男を見た。
『そうは見えなかったけど。まあ、ライヴと中継は違うし、あなたが言うなら、そうなのかもね』
「姐さんは?」
ガスマスクの男は腕を組んだ。
『あたしは――そうだねえ、赤にしとくよ』
「結局赤にするのか」
『まあね』
「これで赤連続5回目だ。アタリも5回連続なるか? いくらなんでも……そろそろ黒が出るんじゃないか?」
『どう考えても、一般的には、赤の確立の方が高いって』
「まあ、それはそうだな。だが、確率論だけがすべてではない」
『そうね』
それから30分が経過した。
あの白い部屋は、赤い部屋へと変貌していた。
「ああ、畜生! 期待はずれかよ! 今度こそ黒だと思ったのに!」
ガスマスクの男が元白い部屋――赤い部屋――で嘆いていた。
『残念だったわね。これで赤が6連続ね。だから、赤にしておけば良いと言ったのに……』
「まあいい。もうすぐだろ? <パーティ>の開始は?」
『<パーティ>の開始? もう<パーティ>は始まっているわよ』
「何だと?」
ガスマスクの男が声を曇らせた。
白い部屋は、飛び散った肉片と血で、夜空に浮かんだ赤い月よりも、紅く染められていた。