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【コラボ侍】ざこのうた

挿絵(By みてみん)

コラボ侍に参加させてくださった早村友裕さま、そして素敵な参加者さま方へ^^

 せわしなく吐き出される熱い呼吸は、いつまでも冷める気配を見せなかった。

 まるで、肺が燃えちまっているように、必死で酸素を求め、胸にこもる熱気を外に逃がそうとしている。


 視界には、空しかない。

 灰色で、重苦しく俺たちに覆いかぶさっている。

 背中に湿った土を感じながら、俺は寒々とした荒野に身体を投げ出していた。

 もう、動けそうにない。


 激しく上下する胸が、地表でなすすべなく呼吸を続ける魚のようで、自分でも可笑しくなってきた。


――結局、俺たちは雑魚ってわけだ。




挿絵(By みてみん)




「ひ、緋狐ぉ……」

 サラサラと耳をくすぐる野芝のむこうから、声が這ってきた。

 そいつは、少し離れたところで大の字に伸びている化け狸、狸休の肺から絞り出された声だ。

 ふいごのようになった俺の肺とは違って、やつの肺は、ドロドロの何かに絡め取られたように、ぜいぜいと重く上下している。

 やつも、たぶん、動けない。


「あ」

 俺はどうにか答えた。

 思った以上に掠れた声は、灰色の空に吸われていった。


「負けたなぁ」

 狸休は、どこか満足そうに言った。

「おう」

 あっさりと認めた俺の返事に、ひひひと苦しげに笑う。

「お前で敵わん相手やもんなぁ……俺が敵うわけないやんかぁ……」

「だな」

「ガキのくせに、えらい強いやっちゃ」

「ああ」


 相変わらずおしゃべりな野郎だ。

 黙っていれば、いつか、傷だって癒えるかもしれないのに。


 俺たちを負かした相手のことは、名前も素性も知らなかった。

「殺してもよい相手」だと頭が言ってたから、襲った。

 鬼だとか、賊だとか、政府だとか――俺には何のことだかさっぱりわからない。

 わかろうとも、思っちゃいないけれども。


「なぁ、緋狐ぉ」

「あまりしゃべるな」

 俺は、閉じそうになるまぶたと戦いながら、邪険に言った。

 眠い。

 このまま眠ったら、傷は治るのか、それとも、一生目覚めなくなっちまうのか、どっちだろうか。

 いずれにせよ、口を動かすことすら億劫になってきやがった。


「初めて、会うたときのこと、覚えてる?」

「……だったら何だ」

「懐かしいなぁ」

「もう黙れ。いい加減に――」

「お願いや、緋狐」


 俺の言葉を遮ると、狸休は、ドキリとするくらい冷静な声で言った。


「もう、黙ってたかて、助からへんやんか……」


「ばかやろう」

 助かるかもしれねぇじゃねぇか。

 そう言おうとする俺は、よほど往生際が悪い。

 それでも、早々に諦めちまうようなやつよりゃマシだ、と思う。

 いつもそうだ、昔から。


「なぁ、黙らんといて、緋狐」

 なぁ、なぁとうわごとのように続ける狸休は、甘えるような声の裏に、寂しげな震えを隠していた。


「なぁて。お願いやし……独りぼっちは、嫌や……」






挿絵(By みてみん)


「俺、狸休」

 毛艶のいいその狸は、左足に鎖が食らいついている事実すら気づいていないような、間抜けな表情で言った。

「そっちは、なんちゅうの?」


 野生育ちの俺は、その狸を、人間のガキを見るような目で睨みつけていた。

 なんて緊張感のない野郎だ。

 俺がこんなふうに目をキラキラさせるのは、事切れた獲物を目の前に、いざ食事を始めんとするときくらいだってのに、この狸ときたら。

「やっと仲間が出来て、うれしいねん」ときた。


「意味わかんねぇな」

 と、俺がすげない第一声を放つと、そいつはいっそう嬉しそうだった。

 その時の俺が、なぜかほっとしていたのは、四足を束ねて自由を奪っていた縄が解かれたからという、それだけの理由ではなかったのかもしれない。




 霧立ちこめる白伏(はくふ)の霊山――。


 はじめの悲鳴が上がったとき、俺は一人、河原にいた。

 山が雄たけびを上げ、襲ってきたのかと思った。

 襲ってきたのは、人間だった。

 多くの狐が死に、わずかな狐は逃げ去り。

 そして俺だけが、無様にも逃げそびれ、死にそびれた。


――妖狐は高く売れる。

 猟師はそういって、俺に縄をかけた。


 買われた先は、どこかの街の、どこかの屋敷。

 屋敷の主人はよく肥った男だったが、もはや顔も、臭いすらも覚えちゃいない。


 閉じ込められた四畳半の先客は、だるまみたいにろころした狸だった。

 なんでも狸休というんだと。


「ちょっと前に、引き取られてきたんや。ここに来る前は、呉服問屋で招き猫やっててん」

「はぁ?」

 なんで狸のくせに猫やってんだよ。

 俺は、お前の過去なんか興味ねぇよ、というように、馬鹿でかいあくびをしてやった。

「くぁー……はいはい。そんで、ごふくどんやってなんだ」

 そんな調子で、狸休と話していると、いつもやつのペースに巻き込まれた。


 狸休は生まれたときから人間に飼われていて、服や布を売る御店で、草色の座布団に座っていたそうだ。

 それで飯が食えるし、寝込みを襲われることもないってんだから、良い御身分じゃねぇか。

「けどな、よぉしてもろた旦さん、亡うなってしもてん。若旦はんは、俺のことそない好きちごてんやろなぁ」

 そして、狸休はこの屋敷の主人に譲られた。

 それが二日ほど前のこと。


 ここの主人は、変わった生き物を集めるのが趣味だというが、それにしても俺とこいつしかいないというのは妙な話だ。

「俺が来てすぐは、ごっつい山猫もおってんで」

 今は、主人に連れられてお散歩みたいけどな、と、狸休は暢気に言う。


――なるほどな。

 地下壕から血の臭いがぷんぷんしやがる。

 この屋敷は、イカれてんだ。




「どうせ、暴れたかて、この鎖ははずせへんで」

 俺がいよいよここを出ると言ったとき、狸休は首を振って言った。

「それやったら、大人しゅうして、美味いもん食ってたほうが幸せとちゃう? そもそも飼い主に殺されるやなんて、そんなこと……」

「けっ」

 これだから、能天気野郎は。

 仲間の血の臭いすら嗅ぎ分けられない、哀れなやつだ。


 俺は鎖が許す限り高く跳ね、宙返りをする。

 畳を踏んだときには、人間の姿になっていた。

 だが、耳と尾――化け損じ。

 ちぇっ。

 やはり、俺は妖術の才能がないらしい。


 だが、この際美しさなんてどうでもいい。

 誰かが認めようと、馬鹿にしようと、ようはここから逃げ出しゃいいんだ。

 獣用の錠枷が足首に食い込み、皮膚を切って血をにじませたが、俺は鎖の元をたどり、打ち付けられた杭を引き抜いた。


「ここにいたほうが幸せってんなら――」

 一生ここにいやがれ。


 そう捨て台詞を吐こうと振り返ると、狸休は驚いたように四本足で立ち、口をぽかんとさせて、俺に見入っていた。

 さらにいっそう、目を輝かせて。


「すごいやんかぁ!」






「寂しかったんや」

 昔を振り返る狸休の声は、独り言のようになっていった。

「生まれたときから、ずぅっと誰かがいてくれたさかい。独りぼっちなんて、耐えられへんねん」

「甘ったれたやつだよ、お前はさ」

 俺が思ったことをそのまま口にしても、「そうやで」と、やつは開き直るばかりだ。

「けどなぁ? これでも、強なったんやで」

 そうかい。

「あったかい膝とか、やらかい布団とか、失ぉてしもたもんも多いけどなぁ。昔を思たら、未練たらたらやけどなぁ」

 俺は思わず、ふっと笑ってしまった。

「まったくだ」

 狸休も笑い出した。

 二人してひとしきり笑うと、狸休は、止まりかけたオルゴールみたいに、ようやく言った。


「緋狐。お前とおったから、……俺は強ぉなった」




 狸休にせがまれ、俺はやつに化け術を教えた。

 息の潜め方も、音を立てない歩き方も、敵の急所も。


 俺が狸休を強くした、確かにそうかもしれない。


――けれども。


 本当に、お前は戦いたかったのか?

 強くなりたかったのかよ?




「なぁ狸休。お前、――」




挿絵(By みてみん)




 寂しがり屋の狸休は、よくしゃべり、よく笑い、俺の傍らで眠る。

「だって寂しいんやもん」と、口癖のように言い訳をしながら。


 俺は、そんな狸休をうるさいやつだと思いながらも、やつとしゃべり、ともに笑い、隣で眠った。


 化けるのが下手で、いつも独り河原にいた俺。

 変化した姿を水面に映して、人知れず修行を続けた日々。

 人間の手を逃れて山に戻り、散り散りになった一族を見つけることが出来なかった、あのときの孤独。


「俺も、寂しかったんだ――」






――ひこ。


――ひこ? へぇ、かっこええ名前やな。どんな漢字?


――知るかよ。……ただ、こう言ってた。“狐にあらず”……そんな意味があるんだとよ。


――狐に(あら)ず? 狐やのに、そらおかしいなぁ。


――だぁら、俺が知るかよ!


挿絵(By みてみん)


――お前、字書けるのか?


――ふはひ、ほひえへもーはんは。


――あ?


――ほれ、見てみ見てみ。非狐。これがお前の漢字や。


――ふぅん。


――でも、お前は狐やし、こら間違ってるさかい……ほは、ほへへひぃは。


――何だこれ。


――これでも、ちゃあんと“ひこ”て読むんや。こっちのほうが、絶対かっこええ。




挿絵(By みてみん)






挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)




 たとえもう戻ることが出来なくとも、決して失うことはない。

 お前の葉っぱが皮膚を刺すことなく、俺の尻尾が骨を砕くことのなかった、遠い日々。






おわり






挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 元ネタはわかりませんが、簡潔で読みやすい文章とイラストでとても楽しめました。 [一言] 二人のフォルムが可愛いです!
[一言] 良い話で鼻つんとしました(TT)。絵も上手すぎて…驚愕です。ぷ…プロの方ですか…?
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