父さんな、純愛で食っていこうと思うんだ
子爵家の当主が亡くなった。流行病だった。
残されたのは入り婿一人、娘一人。
その娘が私である。
わが国の法では、入り婿のレオンお父様では家を継げない。
つまり次の当主は私、マリアンヌである。
そして家を継ぐ人間が喪主である。
つまり私は、齢十二歳にして当主となり、喪主となり、母の葬儀の全てを取り仕切らねばならなくなった。
正直泣きそうだが、泣けない。
母が死んで悲しいからではない。
哀しみで泣いているヒマはない。
冷たい娘だ? 可愛げがない?
お黙りくださいやがれでございますわよ。
だって葬儀もだけど、これからが大変なのだ。
十二歳の私の肩に、当家の使用人の生活も領民の生活も、全てが乗っかるのだ。
悠長に哀しんで泣いてろと仰るなら、あなたがその仕事、完璧に代わってくださるの? という話である。
子爵家のお金と十二歳のカラダにしか興味のない、能力の低い男は願い下げ。私が求めるのは『母の跡を継いで仕事のできる、人間性の破綻してない大人』だけである。
贅沢を言っていいなら、今すぐ婚約して仕事を手伝いつつ、私が成人する十八歳までは閨に引きずり込まない、良識ある男性がいい。できれば義母がその辺を厳しく教育してくれるとありがたい。
でもそんな優良物件がホイホイそこらに居るわけがないから、自分で頑張ると決めたのだ。
だったら、泣いてる暇なんてどこにあるのだろう?
***
そうして私が継承手続きと葬儀のアレコレに埋もれている時、父が執務室に来て、朗らかに言った。
「なぁマリアンヌ。父さんな、これから純愛で食っていこうと思うんだ」
「はぁ。当主決裁が必要なら書類を書いて『身内優先事項』と書いた黄色い箱に入れておいてくださいまし」
「あっ、娘が冷たい」
この忙しい時に意味の分からない言葉が聞こえたが、問い直してゆっくり話を聞いて差し上げる時間はない。
今やっている書類は前当主の死から二週間以内に提出しなければならず、今日は既に八日目なのだ。
家令も執事も侍女頭も家政婦長も頑張ってくれているが、何しろ当主教育が始まる前の小娘が継いだのだから、一事が万事かなり時間がかかるのである。
だからと言って何が書いてあるか分からないのに当主印を捺して良いわけもない。説明させ、理解して、サインする。それがサインする者の責任というものだ。
そんな激戦の執務室でなんかタワゴトが聞こえたら、そりゃあ『分かりやすく紙にまとめて提出すれば、一応後で読んであげるからはよ帰れ』と言外に示す以外にない。
どうも傷ついた風情ではあるが、私と違っていい歳した大人なんだから、貴族的な空気は読んでほしい。仮にも伯爵家の三男坊だったのだから、空気の読み合いは慣れてるでしょう。
ショボンとして執務室を去る父を見送り、家令のセバスチャンに目配せする。
セバスチャンの長男で、家令見習い中の少年が背中を軽く叩かれ、頷いて使用人通路に消えていく。
タワゴトを取り合う時間は無いけど、どこで何をしてて、何を企んでいるかは把握しておかないとまずい。父の行き先になりそうな場所へ先回りして、従僕やメイド、庭師に紛れさせた情報部員を動かせ、と命令しに行ってもらった。
こういう人達がいると知ったのも、つい先日のことである。そのくらい、私は何も知らない小娘だった。
***
数日後。
その無知を嘲笑うかのような事実がもたらされる。
父には、結婚前に恋人がいたのだと言う。
その方と頻繁にカフェで会っているそうだ。
うーん、まだ喪中!
しかしまぁ、結婚当時の書類をよくよく調べてみれば、割り込んだのは我が家の方なのだけど。
父の実家の伯爵領が災害続きで傾いたせいで、お金が必要になった。そういう時、結婚による援助を引き出すために、未婚の子を使うのはよくある話だ。
なので伯爵は、既に婚約目前だった父と男爵令嬢さんを無理やり別れさせた。傾いたとは言え伯爵家にとっては端金程度の、しかし男爵家には充分すぎる詫びをつけて。
父の婚約に先立って、彼女は伯爵領の若手騎士の妻として押し込んだそうだ。詫びの一部がその持参金になったのだろう。
そして父を我が家に婿入りさせ、助けてもらう契約を結んだ。我が家としても『伯爵家と縁づいた子爵家』なら、子爵家の中でも格が上がるので、悪い話ではなかった。
次期当主の結婚は、わが国では最低一年間の婚約を必要とする。その間に、元恋人さんとご夫君の間には娘さんが生まれたと言う。
ご夫君は残念ながら娘さんが十になる前に、領都を襲った魔獣被害で故人となったそうだけど。
既に伯爵領は立ち直り、我が家への借金も今年で返済完了予定。借りて十五年もせずほぼ返済にこぎ着けているのは、すごいんじゃないかしら。さすが伯爵領、地力が違う。
父と母の間に愛があったかは知らない。
しかし今や借金はほぼ無く、母は居なくなった。
もはや父を縛るものはない。
かつての恋人に会うくらいは仕方ないだろう。
まして彼女の方は死別後、健気に父を想って、再婚はしていないのだから。
まだ母の喪中であるという世間体さえ気にしなければ、誰憚ることなく会える間柄ではある。
***
二週間ほど忙殺されつつ、父関係の様々な報告を聞き、本を読み、人に会い、色々と考えた結果。
『はよ書類出せ』という威嚇も込めて、父を執務室に呼び出した。
新人メイドがお茶を出す。
まだお仕着せを着ての動きに慣れていないが、私も新人当主なので細かいことは言わない。実技指導は適宜家政婦長がやってくれるだろう。お互いがんばろう。
メイドが壁際に下がったタイミングで父に声をかける。
「先日、ここに来て途中まで仰ったお話ですけれど」
「あぁ! 書類が遅れていてごめんね。父さん、そういうの苦手でなかなか書けなくて」
「書類仕事はほとんどお母様しかしてなかったとセバスチャンからも聞いていますから、想定の範囲内ですわ。それはそうと、今日は私からお話がありますの」
「うん、なんだい?」
話している分には、穏やかな人だ。
私にとっても、優しい父だったと思う。
よく褒め、叱るのは母に任せ、仕事はあまりしない代わりによく遊んでくれた。本の読み聞かせなど、侍女よりも父の方が回数が多い。
入り婿らしくあまり権限の渡されない中で、精一杯、内向きの仕事をしてくれたように思う。
母は、領民から買い上げる芋の値段を知っている。
父は、王都邸が買い付ける芋の値段を知っている。
そういう分担の夫婦だったのだろう。
仮に愛がなくとも、役割分担も、生活も、できるのだろう――多分、マトモな大人なら。
私にはまだ早いのか、そういう大人の機微はよく分からないけれど。
だからまぁ、父が母から解放されたなら。借金分の仕事が終わったなら。好きにすればいいと思うのだ。
私が負担を分担すべきは、母の配偶者であった父ではなく、これから私の配偶者になる方なのだから。
「リジー嬢を、我が家の使用人として貰い受けます。仮にも騎士爵令嬢ですから、ゆくゆくは侍女にでも」
「!? え、リジーって……」
私の口から出るはずのない名前を聞き、動揺して椅子から立ち上がった父。醜態に気づいて慌てて座り直すも、視線が落ち着かない。
それもそのはず。
リジーとは、父が最近よく会っている恋人の、亡きご夫君との間に生まれた娘さんの名前だからだ。
父にとっては『母が死んで早々に元恋人の女に入れ込んでいること、全部知ってるからな』と娘本人から宣告されたに等しい。隠していたつもりなら、こんな怯えた顔もするだろう。
そんなに慌てるなら、ワルイコトである自覚があるのだろう。悪事を働くなとは言わないが、悪事の自覚があるならもっと巧く隠せ、と言いたい。
優しい父ではあったが、優秀な男ではないらしい。
「今更隠さなくても。あれだけ連日お会いしていれば、家中では全て把握しておりますよ。聞けばご夫君が亡くなってから五年ほど、母一人子一人で苦労してきたそうではないですか」
「……ロゼミアとも既に話したのか」
「えぇ」
ロゼミア、というのが元恋人さん。
その娘がリジー嬢。
母子揃ってなかなかの美人だった。
そうなると、なんなら母も娘も一緒に……なんて不埒な目的での再婚話も多いだろうに、我が身と娘を守りきって五年も独身とは、なかなか気の強い女性だ。
それでいて、ご夫君亡き後も、母の存命中は決して父と会おうとはしなかったらしい。物語に出てくる悪い愛人のような、母に毒を盛るタイプの人ではなくて何よりだ。
十二歳が言う感想としてどうかと思うけど、筋の通った女性は好きだ。今上陛下の側妃殿下も、分を弁え、式典では決して王妃殿下より前には出ない。
「ですから、リジー嬢の就職をこちらで貰い受けますので。これでロゼミアさんもお父様も自由の身です。後は駆け落ちでも何でも、この屋敷にロゼミアさんをお迎えすること以外なら、ご自由にどうぞ?」
「あっ、あぁ。……そうだな、まだ書きかけなのだが、今の段階でお前に見てもらおう」
差し出してきたのは、先日のタワゴトの計画書。
書式は整っていないが、内容はおおよそ分かった。
「ふむ……つまり『純愛で食べていこうと思う』というのは、自分たちの話を小説化し、王都での舞台化し、全国での興行に展開しつつ、今後も小説を出し、人気作家となって印税で食べていきたい、と」
「あぁ。既に王都の三番街区での舞台化まではされていてね。父さんの個人財産でも、向こう一年食べていけるだけの蓄えはあるんだ」
「だから、わが家が王都に所有している小さめの家を一つ借りて、ロゼミアさんとそこに引っ越したい、と……二枚目はその賃貸申込書ですね」
「そうなんだ!」
そうなんだ、ではないが?
まぁ『そう』なのである。
家を継いだばかりの私が、何故たった二週間でここまで情報収集ができたのかと言えば――既に舞台化までされて連日大盛況の『三男の薔薇』という大人気ロマンス小説があったからだ。
貧乏伯爵家の三男リオと、男爵令嬢ローズが主人公。
三男を金で買い取る悪役が、豊かな領地の子爵令嬢なのである。
小説の方ではさすがに母が流行病で死ぬところは違っており、旬のものだからと出された牡蠣に中って死んだことになっている。
そういえば母は牡蠣が好きだったものね。流行病の次くらいにあり得そうな死因ではあった。
もっとも、母が「私に牡蠣の美味しさを教えたのはレオンなのよ」と言っていたから、父から母への殺意があった疑惑は生まれてしまったが。
出版社曰く、作者の意向により本名は伏せまして……ということだったが、そりゃ伏せるわ! という話である。名前と死因以外、ほぼ全て実話なのだから。
なんならこの本、執務室に隣接する書斎にもあった。基本的に当主しか立ち入れない場所である。
母よ、どんな気持ちでその本を読んでいたのですか。
その本は二年前の発行ですね。
でも、去年も三人で牡蠣を食べましたね。
どんな気持ちで牡蠣を食べていたのですか。
そして娘の私は、本をどう処分すればいいのですか。
何一つ、もう分からないけれど。
まったく、途方に暮れたものである。
「賃貸申込書の方は書式が整っていますから、後で処理してあげましょう。後はご自由に、と言ったのは私ですから、計画書の方もまぁ良いでしょう。ただし!」
なにしろ内容が内容だ。
わが家と伯爵家が完全な悪役になってしまっている。
どこの家の話か分かれば醜聞必至。
今のところ、王国に二百家以上ある子爵家だから、特定されずに済んでいるようなものだ。国が大きくてよかった。
「醜聞にわが家の名が出ることは許しません。万が一の判明に備えて、お父様の本名は変えて頂きます。もちろん姻戚関係なのは知れていますから、ご実家の名に戻すことも禁じます」
「マリアンヌと縁が切れるのはさみしいけど、こればっかりは仕方ないね」
伯爵家の元三男と、男爵家の元次女では、どちらも帰る実家はない。既に兄が家を継いでいるからだ。
そして本人たちも爵位は持っていないから、結婚するなら平民になる。とは言え平民受けする小説を書くなら、その生活レベルに合わせるのも悪いことではないだろう。
娘と縁が切れるのを「仕方ないね」で済ませる父には、特に持たせてやる遺産もない。自分で稼いでるみたいだし良いだろう。貸した家の家賃も普通に払ってもらう。
私が未成年の内に父が子爵家から籍を抜いてしまえば、母が『次代子爵の父親として、社交に失礼のない最低限の見栄えのための六年分の費用』として父に残したお金を受け取る権利は消滅し、全額が私のものになる。
そりゃそうだ、私の父ではなくなるのだから。
前当主配偶者格の社交の必要もない。
その遺産はありがたく領民のために使わせてもらうことにしよう。まずは直近の、各種継承書類の申請費用で消えるのだけど!
「ありがとう、マリアンヌ。父さん、頑張って純愛路線で国一番の作家になるからな!」
「えぇ、お好きに生きてくださいな。流行病が流行ると劇場は封鎖されますから、舞台化だけを当てにしすぎないように」
「ははは、手厳しい」
執務室から父を退出させ、壁際の新人メイドに話しかける。
「あんなのだけど、貴女のお母様、任せても良さそう?」
「うーん……普通なら『今の仕事を辞めて小説家として食っていく』とか言ったら、夢見てるなーそんな男やめとけーと思いますけど。既に売れっ子ではありますからね……母も子供ではないですし、好きにすれば良いんじゃないでしょうか」
新人メイド、もとい未来の侍女候補リジーは、私よりも更にサッパリとした風情で肩をすくめた。
「うふふ、私たち、いいお友達になれそうね。メイド職で最低限の振る舞いを身に着けて、早く侍女頭のお世話になりなさいな」
「光栄でございます、お嬢様」
「そして私の婚約者を選ぶ時も、手伝って頂戴ね。少なくともあの父みたいなのに引っかからないように」
「ごもっともです」
娘たちは娘たちで勝手に幸せになりますので、いい年した大人たちもテキトーに幸せになってくださいませね。
ちなみに父、17で婚約して18で結婚してすぐ子供できて産まれてるから、12歳の娘がいてもまだ31歳である。
29歳で出した小説が翌年舞台化されて、有名な劇場で連日満員、希望にお答えして今年もやります、くらいの格。
優しい父親ではあったから、ざまぁとかは不要で、娘の方から優しく捨ててあげる。
優しくしておくと優しく返してもらえる例。




