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駒鳥(きみ)へ、優しい日々を贈ろう  作者: 琴子
たった一瞬で崩れた夢は、籠中の世界を奪いましたか
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「魔術師領って、どんな所なんですか?」

 ナツがカヤに興味深げに聞いてきたのは、冬の中ごろ、学院の食堂での事だった。

 今は食事時を少し過ぎた昼下がりであったから、周囲に人は少ない。また、幾つか設置されている暖炉には控えめながら魔法火が灯っており、食堂内は暖かく保たれている。

 学院へ訪れる事が徐々に習慣となっていた少女二人の服装は、季節の移ろいと共に冬のものへと変わっていた。

 ――カヤは最初に研究室に赴いたあの日以来、暇を見つけては学院に訪れていた。

 学院の寮で生活を始めたティーリへ、彼の日用品を渡しにきたり。彼が《剣》の一人として所蔵している稀少な学術書や魔道具を、研究室に届けにきたり。その都度ティーリとは時間を見つけて、少しばかりではあったが会話を楽しんで。

 そんな風に頻繁に研究室に顔を出すようになったカヤが、やはり頻繁に研究室に訪れるナツと、少しずつ言葉を交わすようになったのは、ある種当然の事だったのかもしれない。

「どんな所、って言うと?」

「んー、西のほうにある自治領、っていうのは聞いたんだけど……それ以外はあんまり知らないから。でも、カヤさんやティーリさんが育った所って、ウィル様も言ってたし。あと魔術師領って珍しい名称だなって、ちょっと気になって」

 休日を利用してティーリの様子を見に来ていたカヤは、今日もまたナツに食事に誘われて、ちょうど昼食を取り終えたところだった。学院の食堂は、学内へ入る許可さえとれれば、自由に利用できる。

 カヤは「そうだなあ」と少し思案すると、思いついたことをぽつぽつと語り始めた。

「特徴を挙げるなら、閉鎖的、かな。領の内外を行き来する規制が、他より厳しいの。やっぱり魔術研究の要にもなってる場所だし」

 とはいっても、魔法研究の盛んな場所は他にもあるが。ゆっくりと呟くカヤの言葉を、ナツは興味深げに聞いている。

「でも、領の人間がみんな魔術師だってわけじゃなくて。ただ魔術師一族が治めているだけ。後は、他領よりも術師を少しだけど、多く輩出しているくらい」

「あ、じゃあ名前のわりに結構普通だったり?」

「そうですね、私は魔術師領と王都しか知らないけど。でも、こちらもあちらも、さほど変わりはないと思う」

「へえ……」

 ナツからしてみれば、カヤは気軽に接することの出来る相手であるらしい。

 それはカヤがナツに彼女のもと居た世界についてあまり聞こうとはしなかったからだと、彼女は言った。

 聞けば、今までナツは召喚元の世界の事を根掘り葉掘り尋ねられていたという。

 カヤが他の人々とは違い、その事について必要以上に尋ねなかったのは、一度離れたから、もうあえては触れたくなかったのか。それともただ単純に、カヤもまた《翼》の一人であると察せられないように、口を滑らせないようにとの警戒心ゆえだったのか。どちらかはよくわからない。

 しかしそんな態度は逆に、ナツにとって望ましいものらしかった。

 届け物をした帰り、学院の食堂で食事を共にしたりだとか、その時に歳が近い事もあって、おしゃべりに花を咲かせたりだとか。

 彼女らの交流は、季節が移り変わる間もずっと、細々とではあったが続いていた。

「そういえば、カヤさんは魔術師じゃないですよね?」

「うん、まあ。――どうして?」

 ナツが唐突に言うのを聞いて、飲み物のカップを口に運んでいたカヤは、不思議に思いながらも聞き返した。

「なんとなくだけれど、魔術って便利そうだから。私だったら魔法とか、使ってみたいなーって思うし」

「ああ、そういう」

 ナツからしてみれば、魔法とは使ってみたい、などと思えるものらしい。好奇心をくすぐられるのだろうか。

 カヤもそういえば、ティーリに召喚される以前は、絵本や御伽噺を通じて魔法に憧れもしていたなと、ふと思い出す。

 しかし、カヤも召喚されて以来、分家傍流も含めたファーレン一族の子供達と共に、魔術に関する教育は受けていた。魔術が、ただ単に特異なだけではない事も今は知っている。

「ファーレンの魔術は、基本的に戦闘特化の術式だから」

 そう教えると、ナツは「え!?」と声を上げて驚いた。

「私はそういうの苦手だったから、魔術はあまり勉強しなかったんです。ファーレン出身の魔術師となると、軍事研究職か軍人術師って見られることも多いし」

 だからこその、《水底の剣》の呼称だった。

 実際ファーレンからヴェインの家に嫁いだユフィアも、魔法史学者とは言え、軍事史にも精通している。

 ファーレン一族の他の魔術師だって、三割ほどが正規軍所属だ。他は宮廷魔術師やら軍病院所属やら研究職やらに採用されているが、そんな彼らでも有事には後方支援を担う。

 事実ティーリの父を始め、先の第三次国境紛争ではファーレンの人間も多く借り出された。

「あれ、でもだって、ティーリさんって召喚魔法の研究者ですよね? それも軍事?」

「まあ、一応。召喚魔法だって、黎明期は戦闘目的で開発されていたし……ティーリだって基本研究職だけれど、何かあれば、ね」

 曖昧に言葉を濁して答えると、ナツは驚きを隠さずに目を丸くした。

 仕方がないだろう。彼女は今まで、軍隊なんて持たない、平穏な国で生きてきたのだから。

「魔術って、便利なだけじゃないんだ」

 ナツは先程よりは少し弱弱しく、ぽつりと零した。

 暖炉に灯される魔法火だとか、照明用の魔法光源だとか。そんな生活に役立つ魔術ばかりを見てきた分、衝撃を受けたようだった。

 カヤはもう一口、喉を潤そうとカップを口に運んだ。

 ナツは何かを考え込むように沈黙している。

 本当に。ナツが日々を過してきたあの世界は、あの国は、平和だったのだろう。

 カヤがいなくなったって、あの平穏は変わらなかったのだろう。

 突然に居なくなってしまった彼女の周囲では変化はあっただろうが、でもそれだってカヤと関わりのなかった多くの人々にとっては些細な事。

 ――ナツと話していると、やはり折々に故郷の事が思い出される。

 それと同時に感じるのは、どこかひんやりと冷たい憧憬だった。悲しいだとか、悔しいだとか、そんな感情よりは薄いけれど。でも確かにそれらも僅かに混ざり合った、絡まった糸の結び目のように、頑なになってしまった心。

 少し表情が動くのを、意識的に抑えてまた一口、暖かいカップを口に運ぶ。

「ティーリ」

 そうしてふと視線を上に上げると、向かい合ったナツの肩越しに、ティーリの姿を見つけた。

 少女の向こう側から、受け取ったばかりなのだろうか、パンと野菜を煮込んだスープを抱え、こちらの方を向いて立っている。

「え? あ、本当だ」

 カヤの呟きに、ナツも気付いたようだった。軽く振り向く。

 あまり距離は離れてはいない。カヤがひらひらと手を振ると、少々反応は鈍かったが、彼は少し笑んで、こちらに手を振り替えした。

 スープは食器に盛られてこそいるものの、パンは皿ではなく籠に入れられている。そして青年が足を食堂の出口の方へ進めたのを見るに、研究室に持ち帰って食べるのだろうという事がうかがい知れた。

 相変わらず忙しい、と言うか、術式の研究に打ち込んでいるらしい。

「ご飯くらい、ゆっくり食べればいいのに」

 ナツが零すと、カヤも「そうだね」と困ったように微笑した。

 僅かに見える彼の横顔が、どこか表情を貼り付けた薄い物だと、一瞬感じたのは気のせい、だろうか。

 不思議だったけれど、しかしそれ以上、彼女はその事を思いはしなかった。

「あ、ご飯って言えば、なんですけど」

「うん?」

 再び、ナツが話しかけてきたのだから。

 カヤは相槌を打ちながら、そちらにゆっくりと意識を移した。



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