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駒鳥(きみ)へ、優しい日々を贈ろう  作者: 琴子
抱いた思いは懐古ではなく、憧憬だと気付きましたか
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06




 その時だった。先程の彼女が不意にこちらに気付いて、栗色の髪の青年と一緒に寄ってきたのは。

「殿下」

 彼女が伴ってきた青年の姿に、ティーリは無意識に姿勢を整え呟いた。その一言で、カヤにも分かった。

 王族の容姿の特徴は市井にも出回っていたし、絵姿も時折店で見かける。栗色の髪に青色の瞳の彼は、まさしく王弟なのだろう。

「ファーレン殿の、ご家族か?」

「ええ。従妹です」

 王弟――ウィルトラウトはティーリを姓で呼ぶと、カヤについて聞いてきた。

 肯定すると、横で少女が「ほらね? 私が言った通りでしょ? ちゃんと関係者だよ」とウィルトラウトに言葉を発する。

 同時にカヤが慌てて王弟に一礼すると、彼は「お気になさらず、《剣》のお身内」と、穏やかな声でそれを制した。

 どうやら、先程の彼らの会話は、カヤについてらしかった。「どうして勝手に見知らぬものを研究室に入れたのか」などと、王弟が少女に問いたてでもしたのだろう。何となく、そう浮かんだ。あながち間違ってはいない気がする。

「わかったから。だが、誰の身内かも確かめなかっただろうに」

「……ごめんってばぁ」

 カヤとティーリを前にして、二人はそんな言葉を二言三言交わした。

 しかしすぐにウィルトラウトは少女をたしなめる事に区切りをつけると、「《剣》方、失礼した」と、軽く謝罪し二人に向き直った。

 ――ファーレンは、別名を《水底の剣》と呼称される、国家の一柱である魔術師一族だ。

 王族と言えど、その一族には敬意を払う。ウィルトラウトはその慣例に倣ったのだろう。ティーリの従妹であると、即ち《剣》の一族の一員であると示されただけのカヤにさえ、軽くではあったが礼を返した。

「私はウィルトラウト・サシャ・ラーデリアと。兄王陛下より、ラーデリア公爵の位を拝命している」

 王弟にして公爵である高位の貴人が、丁寧に名乗りまでする。それが国家の守護の片翼を担い続けている、ファーレン一族の価値だった。

 その一族に、不都合だからと排除されもせずに迎え入れられたカヤは、やはり幸運だったのだろう。利用だってされなかった。ただ守られただけだった。

 ウィルトラウトの言動が唐突に、先日のユフィアの言葉を、それを聞いた時に感じた感情を、カヤに思い出させた。

「あ、私は舞原奈津、じゃ、なかった。ええと、ナツ・マイハラって言います! あの、ファーレンさん、でいいのかな?」

 同時に傍らの少女も、慌ててカヤに言ってくる。もう、耳にする事は無いと思っていた、故郷のその響きを混ぜて。

 黒い瞳、黒い髪。懐郷の度に幾度も夢見た、その、音律。

 彼女が、今回召喚された《翼》なのだろう。先程から少しずつ得ていた符号は、瞬間ぴたりと当てはまった。

 ――まだ。咄嗟に言葉に出てきてしまうほどに。あの故郷の世界と近しい所に居るナツが、正直、羨ましかった。

 カヤは一度だけゆうるりと瞬きをすると、しっかりと彼女の瞳を見据えて返した。

「いいえ、父は、《剣》の一員では有りませんでしたので」 

 ティーリが傍らから、すっと眼差しを遣ってきたのを、視界の片隅で僅かに捕らえる。

 彼がすこし心配そうにしていたからだろうか。逆に、カヤは微かに微笑して、はっきりと言葉を音にした。

「カヤ・ヴェインと言います」

 名乗った名前は、養母に貰った名前だった。一年前の成人を機に、己の物と認めた名前。

 そうして名前を告げてから、ふと気付く。

 どうしてだろう、カヤがこの世界に遣ってきて、初めてナツと言う、故郷に繋がる糸が見えた。

 だと言うのに浮かんだ思いは、懐かしさではなく、染み渡るような羨望だった。

「あ、そうだったんだ……間違えちゃったね。ごめんなさい」

「ヴェイン殿、わざわざいらっしゃったと言う事は、何かご一族の方で問題でもあったのだろうか」

「ああ、いえ。私がカヤにしばらく帰宅しないと伝え忘れていて。心配して、来てくれただけなんです」

 ウィルトラウトとナツは、カヤの動揺を察しはしなかったようで、そのまま幾つか言葉を繋ぐ。

 それにはティーリが主に受け答えた。

 同郷であるナツの存在から思い起こされる過去の追憶は、確かに懐かしい故郷での、幸せだった頃の記憶だった。

 けれどそれはすぐに苦い記憶と、同時に当時の苦しさばかりだった想いもまた呼び起こす。帰れないと、両親や友人にもう会えないと知った時の、幼い日の葛藤と涙。

 そんな心中が少しだけ、表面にも出ていたのだろう。気付いてくれたティーリの心遣いはありがたかった。

 だから少し過保護かと思いながらも、カヤはそれに甘えて、彼の横で内心とは裏腹な、柔らかい表情を浮かべて立っていた。

 ――もう一度、あの世界に触れられる彼女を羨ましいと。彼女が示す故郷の片鱗に懐古を憶えるのではなく、どうしてか、カヤは懐かしい世界に憧れを抱いた。

 故郷への慕わしさは、時間がたちすぎたからだろうか。いつの間にか彼女の中でゆっくりと、故郷の世界の価値と共に、その形を変えていた。

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