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駒鳥(きみ)へ、優しい日々を贈ろう  作者: 琴子
抱いた思いは懐古ではなく、憧憬だと気付きましたか
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04




 それでもカヤの日常に、これといった変化は訪れなかった。

 ティーリは術者として送還術式の研究に関わってはいるが、そもそも彼はあまりカヤに仕事の話をしない。それは宮廷魔術師として機密を守る意味合いもあるのだろうが、召喚魔法に苦い思い出の多いカヤに対して、気を遣ってもいるのだろうとも思う。

 だからカヤは時折に召喚事故の事を思い出す事は有っても、それに対して特別思い悩みはしなかった。

 忙しくなったティーリの代わりに家事を片付け、ただ単調に枝葉堂で仕事をこなす日々。

 それは多少退屈ではあるも、平穏な毎日だった。

「やっぱり、元の世界に帰る事、諦めさせていた?」

 だからだろうか。養母からその言葉を聞いた時、一瞬言葉に詰まったのは。

 無意識に、書架の整理をする手が止まる。

 けれどもカヤの養母――ユフィア・ヴェインはそれを指摘はしなかったし、言葉を繰り返しもしなかった。

 数秒の間、沈黙が落ちた。

「……ううん」

 カヤは職場の古書店で、書庫の棚の一つに再び手を伸ばしながら、傍らの本棚で古書を探すユフィアに返した。

 枝葉堂の主ジェイン・セイエルの、魔術史学の師でもあるユフィア。

 彼女はその伝手つてで、一般客は入れない古書店の書庫を頻繁に利用できている。

 だからユフィアが来た時はカヤも仕事をしながら、ここ数年は頻繁に会えない『親子』の会話を楽しむ事も多い。店主の計らいだった。

 しかしその日の彼女らの話題は、貴族社会や魔術師達の間ではそれなりに広まっている、王弟ウィルトラウトの起こしてしまった召喚事故。会話が娯楽となる要素は無かった。それでも二人の関係上、避ける事は出来なかった。

「やっぱり、原因はティーリだし、ファーレンの人達にも責任は、有ったと思う」

 そもそもユフィアがカヤが召喚されたばかりの頃に彼女の養母となったのは、彼女がティーリの父方の伯母であったからだ。当時禁を破った事で困った立場に立ってしまった、幼い甥を案じてだった。

 それ以外にも、彼女の死別した夫の家系を遡れば、古い時代に存在した《駒鳥》の血族にあたると言う事。そしてユフィア自身が魔術師一族でありながら魔術師ではない、同時に子を得ていても不自然ではなかった人間であったと言うのも、大きな理由ではあったが。

 加害者の身内にして、被害者の身内となったユフィアだからこそ、提示できた話題。逆に言えば、彼女だったからこそ提示せざるを得なかった話題だった。

 ゆっくりと、カヤは言葉を続ける。苦い思いと共に、ある種の開放感を感じた。

 ずっと、はっきりとは言えずにいた胸の内を、今なら明かせる気がした。

「でも、お養母かあさん。ティーリやファーレンの人達が、『諦めろ』って言った事、一回も無いよ」

 建国に携わり歴代の王を助けてきた功績を認められ、古い時代より王国の西方に、自治領をたまわっている魔術師一族、ファーレン。

 ティーリやユフィアもまた身を置くその家系に、カヤは召喚されて以来ずっと守られている。ファーレンの一員と偽る事によって、即ち佳弥ではなくカヤとして生きる事によって。

「だから、諦めたのは、私が一人で決めた事だよ」

 ファーレンの間では、カヤの存在は有名だった。少なくは無い人数が、カヤをどうにか故郷へ帰そうと、尽力もした。

 だからと言って彼らは一人たりとも、カヤを疎んじはしなかった。こちらが不思議になるくらい、彼女も彼女の願いも否定しなかった。

 たった一度、カヤを守るためにと、領外では生来の名を名乗らぬよう、彼女の出自を口外しないよう、諭した以外は。

 カヤが成人の折に、正式にカヤ・ヴェインとしてこの世界で生きようと決めたのは、そんな彼らの姿勢が有ったからこそ。

「それでも、『翼冠』の故事を持ち出す人間は、魔術師達の間にもまだ居るわ」

 ユフィアはそれでも気がかりなのだろう、黒い瞳で心配そうにカヤを見る。

「そうだね。『翼冠』は有名だし、伝承だって割り切ったとしても、十分魅力的だもん」

 けれどもカヤだって、幼くして家族と引き離されて、そして十年以上を生きてきた。

 それは正しく孤独ではなかったが、時折に孤立を味わい、ふとした事で少しの不安や恐怖のよぎる日々ではあった。

 自分の立っている場所が、どんな物か。緩やかにではあるが、知りえてはいる。

 一呼吸置いただけでカヤは言葉を返すと、少しだけ瞼を伏せて、書架に再び向き直った。

 それを見て、ユフィアもまたするりと一冊の古書に指を滑らせる。彼女は同時に僅かに、何かを思案するような表情を浮かべた。

「カヤ」

 おもむろに、ユフィアは養女に声をかける。今度はしっかりと、カヤが自分の方を向くまで待って。そして、彼女の瞳を覗き込んで。大切な話だった。そもそもこの話題を持ち出したのもこのためだった。

「マイハラナツも、既に貴族社会の水面下でではあるけれど、望まれたわ。何れかの良き王侯貴族の妃に、って」

 ユフィアのその言葉に、カヤは思わず瞠目する。

 ――伝承と古史によれば。『冠が《翼》を掌中に収めると、国家に安寧が訪れる』のだと言う。

 《翼》はやはり、《駒鳥》と同じように、召喚された者を指し示す言葉だ。ファーレン一族の有する《籠鏡》を使って召喚された者のみを《駒鳥》と呼ぶのに対し、《翼》はその方法や手段を問わず、召喚された人間を指す。

 つまりは、権力者が召喚された人間を庇護するなり囲うなりすれば、国が平和になると言われているのだ。そして《翼》と権力者の距離が近ければ近いほど、それは顕著になると、言われてはいる。

 それに、実際召喚された《翼》達は、王国では珍しい知識や発想によって、親しい者に富をもたらす事も少なくはなかった。そう、今は故意の召喚を禁じられている彼らが、多く召喚された嘗ての時代の資料には記されている。

 事実、その事もあって王国は過去、平和な時代を謳歌したのだろう。

 だからこそ、その故事になぞらえてしまえと。

 王弟に召喚されたマイハラナツを、わざわざ送り返さずに掌中の駒としてしまえと、そう主張する国家の重鎮達もいるのだと、ユフィアは言った。

 勿論、《翼》には《駒鳥》も含まれる。だからこそカヤは権力者に利用されない為に、《翼》の一人であることを明かしてはならなかった。召喚された人間だとは、カヤの為にも、彼女を隠し守ったファーレンの為にも、魔術師領の外の人間には決して知られてはならない事だった。

「でも」

 カヤの声には僅かに、憂いが混ざっていた。

 ユフィアは貴族の令嬢の家庭教師も勤めている史学者だ。

 そして、同時にティーリと同じ魔術師一族、ファーレンの出であるも、術者とはならなかった女性。彼女からの情報だ。間違っているとは思えない。

 だと、いうのなら。

「彼女は、帰れるんでしょう?」

 カヤがファーレンの一族に守られて逃れたその道を、マイハラナツに歩けと望む人々は、そんな未来を思い描いているのだろうか。

 棚から古書を取り出しながら、「そうね」とユフィアは答えた。

「帰れはすると思うわ。ウィルトラウト殿下もマイハラナツ自身も、少なくともそのつもりらしいし」

 ユフィアはカヤがこの世界に召喚されて以来、彼女が異世界からび出されたと公に知られないために、ずっと魔術師領から国家に提出する書類上の、実母の役を買って出てくれている。

 カヤがこの世界の生まれでないと、閉鎖された魔術師領外へは洩らさぬために。

「カヤは、何も悩まなくていい。私達が、ちゃんと隠すわ」

 何を、誰を、とは言わなかった。けれどカヤを隠して、その存在を利用しようとする人々から、守ると。言われなくても彼女がその事を指しているのは、嫌でも分かった。

 その一言は常々、養母から養女へ、加害者の身内から被害者へ、向けられている言葉だったのだから。

「うん」

 書架の整理と言う仕事を続けながら、カヤはそれだけ言ってゆっくりと離れて行ったユフィアに、小さく返事をする。

 ありがとうとも、それは当然のことではないかとも、考える事すらできなかった。

 だって、マイハラナツが逃がされなかったと聞いて。カヤが当たり前のように受け止めていた、自分は逃がされているのだと言う事実を、彼女は改めてかみ締めさせられた。

「でも、お養母かあさん」

 カヤは一瞬手を止めて呟いた。

 マイハラナツは、その召喚を秘匿されず、その存在を利用しようと言う人々の思惑に晒されていると言う。

 対してカヤは召喚された時にまだ幼く、同時に召喚主が独立自治権を持つ魔術師領の、その統治者一族の長の息子だった。同時に一生をこの世界で生きていかざるを得ない状況に、その時点で立たされていた。

 カヤは召喚されたわけではなく、ユフィアの実子――魔術師一族ファーレンの一員だと偽る事で、彼らの手で守られた。

 同じように召喚されたマイハラナツが守られなかったと、その事実は、心のどこかで思っていた『あたりまえ』にひびを入れた。

 思い知った。気付かされた。カヤは帰りたいと、いくら喚いたって帰れない。けれど不幸せなのではないと。本当に、彼らに守られてきたのだと。

 幸せかと聞かれたら、それは言葉に詰まるけれど。それでも言葉に迷うくらい、贖罪ゆえであったとしても、大切にされているのだ。

「隠されてばかりじゃ、何時までたったって手が届かないよ」

 養母の言葉が、心の底でおりのように深く淀んだ。

 守られている事に、だからこそ笑っていられた事に、きっと気付かないふりをしようとしていた報いだ。

 手を伸ばしても、その陽だまりにはきっと届かない。だってカヤは鳥籠の中で、ただ守られる日々を受け入れてしまった《駒鳥》だ。

 憧れた世界は、いつかカヤの手から離れて行った、緩やかな平常に似ていた。

間が開いてしまいましたが、二章目の投稿です。

こちらの更新は章をすべて書き上げてからになりますので、少々ゆっくりになるかと思います。

一応、先日立ち上げました創作小説サイト「リルの記憶」の方で細切れにですが、先行公開を行っております。

マイページにもこの小説のトップにも、リンクを貼らせて貰っています。

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