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駒鳥(きみ)へ、優しい日々を贈ろう  作者: 琴子
無慈悲で無垢なその気遣いは、君の心に届きましたか
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02




 茜色に染まった空の下を渡る木枯らしが、店内にするりと入り込んできた。

 書棚の間の狭い空間で、幾人かの客の上着や髪が、軽く冷たい空気を孕む。

 季節はもう秋の終わりだ。扉に下げられた鈴を鳴らして、新たに枝葉堂に入ってきた青年も、厚手の上着を羽織っていた。

 短い焦げ茶の髪は、一筋だけが他とより分けられて肩ほどまで伸ばされており、銀と宝石が細工された髪飾りで止められている。

 独特のこの髪型は、魔術師とその縁者の証。髪飾りに石が飾られていればその人物は術師であるし、ただより分け止めただけであれば、それは術師の庇護者の証だった。

 王国では、魔術師は優遇されている。建国に携わって以来、国の守護の一角を担う術師の一族がその筆頭であるが、貴賎を問わず術者たちは、皆人々から尊敬を受けていた。

 宝石入りの細工物で髪を止めた青年もまた、そんな術師の一人だった。

 けれどもそんな彼に対して、他の店では当然のように響く、「いらっしゃいませ」の一言は発せられない。代わりに、店主は彼に向けて「ティーリか?」と、その名前を呼ばわった。

「ジェインさん、カヤはいますか?」

 入ってくるなり青年――ティーリは、会計のために入り口の脇に置かれた小机の、その向こう側に座る、古書店の店主に声をかける。

 ティーリとは旧知の仲である枝葉堂の主ジェインは、彼の口から発せられた名前に「それなら」と、自分の後ろ壁にしつらえられた扉を示した。

「半刻ほど前に、書庫の棚の整理を頼んだが。もうそろそろ終わるんじゃないか?」

 扉の奥は、表の店に収まりきらない古書を保存する部屋になっている。ティーリがそちらへ意識を向けると、なるほど、確かに薄い扉の向こう側からは、人の気配と共に小さな物音が聞こえていた。

「そうですか……確か今日は暮れの刻まででしたよね? 彼女の勤務時間」

「ああ。もうそろそろだな。迎えに来たのか?」

 ジェインが「今日は学院の方で騒ぎが有ったって聞いているぞ」と、少し心配そうに聞いてくる。

 ティーリは軽く頷くと、曖昧に話題を誤魔化すように、困ったように微笑んだ。

「はい。ちょっと、用事が出来たんです。心配事も。それで、カヤと話したくて」

「それでか」

 ティーリの返答に納得したのだろう。ジェインは椅子に座ったまま片手を伸ばして、扉を軽く叩く。

「カヤ、途中でもいいから出てきなさい」

 先にそれなりの理由を話してしまったからだろう、ジェインから更に理由を聞かれる事は無かった。

 ティーリは僅かな安堵に、一瞬表情から色を消す。けれどもすぐに元の貌を浮かべ、待ち人が来るのを待った。

 幾分も多々ない内に、戸を叩く音を聞きつけた、枝葉堂のたった一人の店員が扉を開ける。彼女――カヤが「何でしょう」と後ろ手で扉を閉めて出てくると、店主はすぐに会計机の前に立つティーリを示して言った。

「迎えが来てるぞ。今日はもういいから、一緒に帰ってやりなさい」

 今は背中で軽く結われた黒髪と、その内の一筋を他とより分けて纏める簡素な銀細工の髪飾り。

 藍色のスカートの上にエプロンを羽織ったカヤは、少し驚いたようにティーリを見た。けれどその場では彼には声はかけない。

「わかりました。それじゃあ、支度してきますね」

 ただジェインに返事を返すと、彼女は急ぎ足で書棚の間を通り、店の奥にもう一つ有る扉に消えていった。こちらには店の運営に必要な、羊皮紙やインク等の雑貨がしまわれているのだと、ティーリも以前聞いた事がある。

 同時に、従業員の荷物置き場や休憩場所としても使われているのだろう。少し待てばカヤは帰り支度を整えて、扉の奥からまた姿を現した。

 店での仕事のためにつけていたエプロンは外され、代わりにゆったりとした袖の黒色の上着を、藍色のスカートの上に身に着けていた。

 ちらほらと居る客達の間を縫って、彼女は足早にティーリの横へ駆け寄ってきた。

「ジェインさん、お先に失礼します」

「はい、お疲れ様。明日も頼むよ」

「ありがとうございました」

 挨拶をするカヤに続き、ティーリもジェインに無理を通してくれた礼を言う。

 そしてカヤに「行こう」と声をかけると、彼は足早に古書店の扉を開いた。外の冷たい空気に一瞬身を硬くするが、軽く振り返ってジェインに会釈すると、そのまま歩き出す。

 会計机の椅子に戻ってひらひらと手を振るジェインに見送られ、ティーリとカヤは街へと出て行った。

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