13
「そう、ですか? ……じゃあ。チェイル、カヤ、行こう」
「え、あ、うん」
そう言ってチェイルの手を取ると、オルトはやってきた方へ歩き出す。
カヤもそんな二人を追いかけて、振り向きもせずに去って行く。
そして、彼らが廊下の角を曲がって姿を消したころ、ティーリはゆっくりと、けれど少しばかり後ろめたそうに言った。
「なんで、居るの。王都じゃなかったの」
「ああ。出陣の報告と準備に為に、しばらく前から戻っていたんだ。でも忙しかったから」
「……聞いてないよ」
「すまないけれど、これも仕事だから。でも折角だからうちの子の顔を見ておこうかなと思ったら、部屋にいないじゃないか。随分探したよ」
ぽつぽつと言葉を繋げるティーリに、エディスは足元に散らばる本を一冊ずつ手に取り、抱えていきながら丁寧に返していく。
ファーレンの謂わば代表者として王都に詰めている父と、ティーリはあまり接する機会が無い。
けれど中々会えない分、暇を見つけては何かと構ってくれる父が、ティーリも嫌いではなかった。
「体調が悪いなら、部屋で安静にしていなければ駄目だろう?」
だからだろうか、そんな言葉も自分を案じての事なのだと、含みなく素直に受け取れる。
わざわざ膝をついて視線を合わせてくるエディスの言葉に、ティーリは「でも、本借りたかったし」と少しばかり俯いた。
「古い本ならもしかしたら、なんとか帰す方法も載ってるかも。それに帰すのが無理でも、早くどうにか追い出すか何かしたくて」
「――ティーリ」
「だって俺、あいつがここにいるの、やっぱり嫌だ。俺と一緒で、邪魔者なのに」
「やめなさい、ティーリ」
「でもそうでしょ? そもそも俺やあいつが居なければ、ファーレンも余計な荷物背負い込まないでいられた!」
「ティーリ」
父は厳しく、ティーリを制した。
「やめなさい。そうではないよ、それは違う」
あいつ、というのがカヤを指した言葉だと、やはり伝わったのだろう。エディスは以前からティーリもエディスに対しては、心情を僅かではあったが零してはいた。
「それに嫌でも、嫌いでも、彼女がここに居なければいけないのは変わらない。君が召喚したのは、《駒鳥》とはそういうモノだ」
エディスは硬い口調で言う。
「だってあいつ、誰とでもうまくやってるし、きっとここじゃない場所でも」
「例えそうだとしても、だ。彼女はここに居なければいけない」
床に散らばっていた本を全て片手に抱え、言い切ったエディスはふいに、ぽん、とティーリの頭を撫でた。
「それにね、大切な誰かと別たれることは、本当につらいことだから」
その言葉に、ティーリは苛立ちを隠さず顔を上げる。
父ですら、ティーリを責めるのだろうか。今まで諌め、怒りこそすれ責めはしなかったのに。
「父様まで、そんなこと言うの? 俺があいつを召喚したから、俺があいつを家族から引き離したから、俺が全部悪いって」
「そうじゃない。それにその事を言いたいんじゃない。――確かに、ティーリが召喚したから、カヤは故郷や家族から引き離された。だからこそ彼女も苦い思いは味わっているだろう」
ついていた膝を床から離し、並行して座り込んだままのティーリを立ち上がらせようと、エディスは息子の手を引いた。
そして続けた言葉に、ティーリは傷ついたように僅かに表情を変える。
父に手を引かれてふらふらと立ち上がれば、風邪特有の倦怠感に立ち眩んだ。
それでもエディスは言葉を続ける。叱るでも責めるでもなく、ただ言い聞かせるように。
「でもそれだけじゃなく、今はここにだって、彼女を大切に思う人間がいる。――ユフィア姉さんから、あの子を引き離すのか?」
ユフィア。ティーリの伯母の名を、エディス自身の姉の名を彼は挙げた。
夫を亡くして帰郷していた彼女がカヤの養母となったのは、そもそもは一族の長が彼女に頼んだ事が発端。
けれどそんな事を思い出させもしないほど、ユフィアはカヤを可愛がっている。もっともカヤはまだまだ彼女に対して、ぎこちなくはあったが。
ティーリも伯母が家族を亡くした当時の嘆き様はよく知っている。こちらは逆に少しではあるが、今の様子も。
「ずるいよ、父様」
「何とでも言いなさい。家族を悲しませる事は許さないよ」
ティーリが言葉を濁すと、エディスはきっぱりと言い切り、大扉の方へ体を向けた。
「ほらティーリ、部屋に帰ろう。一緒に行くから。歩けはするね?」
「……うん、大丈夫」
彼が図書棟の一画から持ち出した本を小脇に抱え歩き出したエディスを、ティーリはのろのろと追いかける。
「私は仕事があるから、明日の朝にはもう発たなければいけない。次に会えるのは早くても春だ。だから部屋に送り届けるまでしかできないけれど、きちんと眠るんだよ?」
歩調を合わせて、ゆっくりと足を進めながら言ったエディスに、ティーリはこくりと頷いた。
庭を渡って別の棟へ入り、幾つかの廊下を抜け部屋にたどり着いて、父と別れて。今回ばかりは言いつけ通りに眠ったティーリが、出立の前にエディスに会う事はなく。
そうして次に少年が父親と見えたのは、予定よりも幾分早い――冬の盛り。
黒い文の形をとってもたらされた、あまりに早い帰還の報は、魔術師領に衝撃を走らせた。