Jack 1
濃い霧が立ち込める第三区で、フードを被った男が酒場の扉を押し開ける。
ドアベルが鳴った瞬間、騒がしかった客たちはその方を向いたが、すぐに視線を戻し会話を再開した。
カウンター席に座った男に、店主がジョッキにビールを注ぎながら話しかける。
「ジャック、聞いたか?例の話。」
「ふん、聖都中どこもその話で持ち切りだ。俺にはどうも信じられないがね。」
「だがな、円卓はもう次の王を探し始めてるって話じゃねぇか。お前さん...」
男は勢い良くジョッキを置き、店主を睨む。
「何が神罰だ。どうせいつもの『十六夜』の譫言だろ、円卓の連中に踊らされるのはごめんだね。」
真に迫った顔に、店主はそれ以上の言葉は発せなかった。
その時、客の一人が不意に立ち上がった。
「ヒャッヒャッヒャッ、まだ復讐ごっこしてんのかぁ?こりゃトンだ傑作だな。オメー如きが円卓に敵うわけねぇだろ。」
「それによぉ、繊月様は邪教徒どもに呪い殺されたって話じゃねぇか。大層酷い顔でもがきながら逝っちまったってよォ?どうやら、一足遅かったようだなァ」
一瞬にして軽口をたたいた客の喉元に短剣が押し当てられ、首筋に沿って血が滴る。
「口には気をつけろ。」
フードが外れ、漆黒で染め上げたような髪が舞い、その間から鋭い眼光が相手を突き刺す。
「ッ...オマェ」
湿気た酒場の中を、張り詰めた空気が流れる。数秒にも数分にも思えた静寂の後、男は短剣を戻しドアへと歩き出した。
床の軋む音が、静止した時間にその役割を思い出させる。
「おい待てぇ!」
「やめとけ。」
大柄な客が今にも襲い掛かろうとする客の腕をつかんだ。
「チッ...」
店には、ドアベルの音だけが響いた。
(「『繊月』が死んだ?あいつがそんな簡単に死ぬわけない。俺が真相を突き止める。奴の息の根を止めるのは、俺だ。」)
聖都を包む濃霧でさえ、男の冷たく燃える闘志を包み込むことは出来ないのだろう。




