暗い森へゴー
小屋の前で集まる。
古鎧というチームは本来五人。今回は四十歳手前の荷物持ち、ポーターを雇った。そして案内と斥候のザザである。
古鎧五人共に、ごつい鎧を纏っての、前衛重剣使いだが、今回はさすがに胸当てと籠手、臑当て程度。幅広ででかくて長い剣も森の中では使いにくいため、ショート(短剣)とミドル(中剣)を差している。そのうち二人はショートが鉈である。森の中だから、そっちの方が正しい。
ポーター以外、ザザも含んで古鎧とは騎士爵の出で、いわゆるスペア、次男や跡継ぎの従兄弟や甥にあたる。
跡継ぎがきちんと家督を継いだときに鎧を新調し、古い鎧を貰って冒険者活動しているのが、由来である。
子爵領で、騎士爵にあるという家はそんなに多くない。十二家だ。全員顔見知りである。そうでなくても、そんなに大きな町でもない。
ポーターの彼だけ仲間はずれでは、というと。
年が近くて似たような仕事を長くしていれば、まんざらしらないわけもなく。そして狭い町だ。古鎧のメンバーの一人の、その妹の旦那の弟、である。まあ、他人じゃん? というなかれ。冠婚葬祭がけっこうかぶるので、身内の身内だともう兄弟みたいなものである。
そんなわけで、自己紹介も不要で。
裏切られる心配もなく、気心もだいたい知れていて安心して数日を一緒にいられる。
このまま小屋に入って、入場料を払ってしまえばもう森に入れるのだが。
ひとしきり、全員がレディを愛でてから。
わざわざ革手袋を脱いでから撫でるおっさんたち。
リーダーのケントが今回の、クライアントを兼ねている。娘が子を産むので暗い森にしか住まない蛇の骨から作る滋養薬がほしいのだ。陣痛促進効果もあるので、予定日数日前に服用させれば、比較的安全にお産が出来る。
予定日が過ぎるお産。母子共に危険が増すだけだ。
遠慮がちにポーターが最後に、レディの後ろ頭から背中まで毛並みに沿って何度も撫でて。
とりあえず準備が終わった。
猫のいる生活への。
「おまえらさ。飼い主の俺への挨拶そこそこにレディを愛でるなよ」
「いや、可愛い」
「ほんっとにレディは美猫だよ」
「レディを褒められれば飼い主としてはうれしいけどねっ」
そんなわけで、森へゴー、である。
ザザ以外は森への年間入場券みたいなものは持ってないため、十五日分の滞在費を払う。ちなみに、早く出ても規定以上の返金はない(つまり半額しか返ってこない)。
タグを貰う。
魔法がかかっていて、魔力を流すと小屋に向かって光を放つし(森で迷ったときにこれでだいたい帰ってこられる)、十五日後に帰還しないとこのタグの放つ位置情報を頼りに騎士団が訓練がてらに捜索に来てしまう。そして捜索費用が、馬鹿高い。まあ、そういう場合、たいてい死んでたりする。
リーダーが行動計画を記した書類にサインする。
日帰り(朝に入って夕方出てくる)なら、行動計画は不要だが、数日潜るなら提出義務がある。
そこらへんの手続きをしている間に、小屋のトイレに入ったりしておく。
ドアを出て、森近くまで続く、じゃりじゃり音がする石の上を通りる。これは、じゃりじゃり石には防犯理由があったが、ありがたいことにうるさいだけで、本来の仕事をしたことがない(夜盗団とか出たことがない)。
小屋から五分程度で森の入り口になる。
入り口。
定期的に、主にザザが入り口に伸びる枝葉は裁ち落としている。
まっすぐ、普通に歩いて一日(徒歩10時間)分に伸びた、煉瓦タイル舗装の道である。
三時間分目安で休憩用の小さい場(ベンチがあり、小さい炉が置けて煮炊きできる)が設けられており、道の突き当たり(終わり)には、野営地が広めに取られている。
入場料を取るので、その程度の整備はされている。
彼らが向かうのは道の終わりから二日分ぐらい中に入ったあたり。
人が頻繁には踏み込まなくなるところまでいく。
ザザも基本的には日帰りで、道の整備の時にかり出されると一泊二日、ないし二泊三日はするが、道の周辺止まりである。古鎧も道の整備のときは、職人を保護するためにかり出されて、ザザと同じような日数野営する。
騎士家の身内なので信頼されているため、そういう仕事が回ってくる。
舗装されているので、進みは早く。
道の半分のところまで、昼にはついた。
軽く食事と休憩をする。
とあるアホな男の教訓から、道には4カ所に、排泄するための小屋が設置されている。道の整備のときにここの排泄物も清掃されるが、思ったよりも使われていない。
半日程度の日帰り採取者が多く、奥まで入らないし、受付小屋のトイレを使うからだ。ついで、一日二日なら、排泄しないようにもできる。小屋のトイレには、そういう魔法がワンコイン(1ドウ↓500ネカ)でできるようにしてある。
道のどんつきのトイレにも同じものがあり、タグを当てると入場料を払った日の回数分だけ、排泄を出し切る魔法を使えるが、深く潜るつもりなら、せいぜい二回しか使わない。行きと帰り、である。
今回のように、拠点を置いて数日居る場合は様々な規則があり、補助システムがあるため、ザザのような慣れた案内人同行義務がある。
夕方前の明るい時間には『どんつき』、道の終わりの広い空間に到着した。大荷物持ちとはいえ、鍛えられた大人男性のみグループなので、早い。
テントは広げず、下にシート、上にもシートを張った。
ここまで人に会っていない。
よくここに入るのは、ザザとキノコ取り名人のヴラン婆さんなので、一人が同行、一人がしばらく入らず、なので、あまり人に出くわさない。
基本的に森に踏み込まず、森のへりで採取する連中が多いから、中にはそんなに入ってこない。春から夏は虫除け用の薬を作るのに、材料が高額になるので中に入る者が増える。
秋からはこんなかんじで閑散とする。田畑の収穫期に、その実りを狙った熊とか猪、盗賊のたぐいがでるので、そっちの退治の方が報酬がいい。
冬はもう採取できるものも限られるから、ザザとヴラン婆さんと、薬の材料がないから諦めて自分でとりにきた錬金術師と薬屋ぐらいか。ほかはみんな暖かい地方で冒険者活動する。
「テーブル出しますか?」
と、ポーター。
「頼む」
シートの真ん中に、でんっと8人用テーブルを出した。脚を差し込み、天板は蛇腹に四折りになっているとはいえ、こんな大物が持ってこられるのは、やはりポーターという職業はすごい。そして冒険者になるポーターは少ない。
明るい内に、今後の進行方向へ、発光する帯を木に巻いておく。二ヶ月ぐらいぼんやり光っているもので、何かの時のために。
暗い中、道がわからなくなったら、3メートルもないところに帰り道があっても気が付かないものだから。タグがあるとはいえ、用心にこしたことはない。
ついでに、古い帯を取り除く。
入り口小屋で確認した限り、今森の奥に滞在している連中は居ないし、変色したり、もう光らなくなっているのは、回収しそびれたマーカーなので、あると危ない。たまに変なタイミングで光ることがあり、自分たちがつけた目印と思いこんで、予期せぬところに連れて行かれてしまう。
「適当に探しても20ぐらいあるな」
と、ケント。
目印だった古帯を一か所にまとめて置いた。
あとで焼く。
「ここが始点だから、わかってる連中はこの近辺に目印撒くからね。そして、帰りに回収する気がないというか、そんな余裕がない。道整備や騎士団の訓練でも回収するけれどもね」
ポーターが簡易炉を出して、大きい寸胴鍋をかけた。ザザはスープの素を今日の夜分渡した。昼もちゃんと渡している。
「そのでかい水のやついいね」
と、ザザ。
10リットルの水が収まる容器で、使い切ると完全に溜まるのに3時間ぐらいかかるが、溜まる途中でも使えるので問題ない。軽減化もかかっているので、重さは満水でも3㎏のすぐれもの。
長期遠征、10人未満ならこれ一つあれば、野営は安心だろう。あとは個々が水筒でも持っていればいい。
「軽減かかっていても重いので、5・6人のグループではポーターなしでは持たないですね。そこそこのお値段ですが、需要がない。錬金本部の都までいかないと置いてないから買えません」
7人もいれば、スープに4リットル、お茶など用にヤカンで熱して3リットル。調理や洗いに少し使うと、丁度良い。
「どうりで見ない」
ケント。
「店とか軍、商隊とかが持つと、300リットルとか500リットルが基本になって、それならわりと置いてあるんですが、個人だと1リットル、0.5リットル、0.3リットル、0.2リットルってとこでしょう。時間と魔力があれば充填されますから」
と、ポーターが説明する。
「夏に『0.2リットル水筒を持とう』、満水になると音でお知らせ、その都度飲むことで、脱水症状になるのを防ごうキャンペーン企画、的なのやってたな」
と、壁を設置していた古鎧メンバー。ポーターの、遠縁である。妹の旦那の弟、もっと簡単には義弟の弟。ポーターからは義姉の兄。
風がくる方に、四阿のように板を設置しておくと、夜中に雨が降っても、天井シートがあれば濡れにくい。
「塩も必要ですが、こまめに飲むのはいいらしいですよ」
かさばるパンはポーターが持ち込み、乾燥野菜担当が水で戻して絞って、酢と柑橘類を絞ったものと和えて、サラダを作る。
テーブルで、
「椅子もあるのか」
と感動しながら席に着き。
カンテラを中央に一つ置いた。
ベーコンも足したスープ。パン。サラダ。 肉は干し肉。
という簡単な食事をした。
スープの味は二種類あるが、基本10日間毎日の三食はこんな感じになる。肉は奥に行けば、兎や鳥類、大型鼠など出るので、少し豊かになる。
レディも湯がいた肉をうにゃにゃと言いながら食べ、猫用の丸いフードも少し貰った。乾燥していて、食感が悪いのだが、必要な栄養は入っているのと、携帯食として便利なので、ザザは持ってきたし、こういうときに食べてくれないと困るから、一日一回、だいたい朝ごはんとしてこれを出している。
カリコリと噛みながら、完食。
「よい子でしたね、レディ」
ザザは自分は後回しにして、レディの口の周りを拭いてあげた。
日は落ちて、すっかり暗い。
森の中だが、道で開いてあるので、月光が入りやすいのだが、上にシートを張ったので、恩恵がない。
シートを張らないと、晴れていても、魔王W・Dによる、森への水の恵みとして、ボタボタボタボタッと、親指の一節分ぐらいの水の玉がランダムに墜ちてくる。森が乾燥しているな、と思うと、森を守るために雨っぽいものを降らすのである。
秋は乾燥しがちなので、いつ降ってくるかわからないのだ。
食事が済むとテーブルにマップが広げられた。
暗い森の、おおざっぱな地図である。細かく書き記されても、ザザかヴラン婆さんぐらいしか、その目印を見つけられない。
中央に楕円の湖。その湖の中心に、水を産む巨大な魔石四つ。
魔王は湖の底に住んでいる、らしい。
「前領主様が『寝るときは湖の底にいるけど、起きてるときは湖の周辺ふらふらしてるよ』って、魔王から聞いたって」
と、ザザが言うと。
「あの方、誰とでも仲良くなれるんだよな」
騎士爵家身内なので、だいたい皆、領主様ご一家と面識がある。
「湖付近まではいかない。せいぜい、ここ」
食後のお茶を飲みながら、最終確認。
レディがテーブル上に揺らぐ影をタシタシっと手で叩きながら遊び、仲間達から撫でられている。
「出くわしたら?」
と、ザザが問う。答えはわかっているし、事前に伝えた。
「「魔王様、森の管理と水の恵みをありがとうございます。感謝しこそすれ、私たちはお心を乱すつもりは毛頭ございません」」
全員が一斉に暗記した言葉を口にした。
「これで、いってよいとか、うんわかった的な返答でなく、引き留められたら?」
と、ザザ。
「「一芸をお見せする」」
「魔王への対策は、それぐらいしかない。みんな、一芸するための品は懐に入れておくように。暇してるから、出会ったら、引き留められる。わかりにくい物真似芸とか、怒らないけれど『なにそれ』みたいな目されたくないでしょ。ネタは選ぼうね」
「心底会いたくないな」
心得的なものをザザが再度確認していき、夜も更けたので交代で一人ずつ、番をして、他は寝ることにした。
ザザはコートを着たまま、自前の毛布にくるまり、レディはその上に乗った。
しばらくして、見張りがぐらりと揺れて倒れ。
眠りの魔法が満ちていた。




