私と魔王さま(ミュージカル風)
「リチャードが来るのは聞いていたけれども、あなたが直接くるなんて」
レディは体を起こして、魔王を見た。
ゆらゆらした影のような魔王は、ケントの寝顔を覗き込んでいるところだった。
「おっと、ああ、異界より来た、死者導く猫の君よ。こんにちは。暇だったんで、自分で来ちゃった。あははは」
彼氏の家にサプライズで来た彼女並みに軽く挨拶された。見た目は幽鬼っぽいのに、声が明るい。
「確かに、火車の役も閻魔より預かってはいるけれども。連れに手を出されるのは困りますよ。ウォーター・ドロップ。そんなに暇かよ」
「迷い込んだ人に一芸ねだる程度に暇だよ。それにしても名前を呼ばれるのは久しぶりだなあ。まあ、私もここの作法でレディと呼ばせて貰おう。この男の長男が、幼くして死んだの、知っているかな?」
「断片的に」
レディは答えた。
ザザの飼い猫としてついて行っている範囲での、断片的なもの。
7歳で、夜に、屋根の上から飛び降り自殺した男の子。
程度の情報。
「そちらの世界と輪廻の事情が異なるかもしれないが、ここでは生きた年数の間は生まれ変われないが、享年の二倍の年数になる前に生まれ変わらなくてはならないのだ」
レディはちょっと嫌な顔をした。
「7歳の子なら、死後7年は生まれ変われず、死後14年以内に生まれ変わらないといけないということ?」
「そう」
「説明がわかりにくかった」
レディは頭の回転は良い方だ。
ケントの長女が子を産む年になった。ケントの長男は7歳で死んだ。
「その子の転生有効期限が近い、のね」
「そう。だから、死者を扱う猫の君に、もう問答無用で転生にぶん投げて貰おうかな、と思ったら、何故か父親も来てたから、先に父子で話し合ってもらおうかと」
「乱暴な」
ケントの顔を覗き込んでいたのは、そういうことらしい。
「ということで、リチャード、めんどうくさい英雄の魂をここへっ」
「すごいね。こんだけ大声出しても誰も起きない」
ダークスーツ姿の、神経質そうな白皙金髪の青年が、7歳の男の子の霊を抱えてきた。
レディは理解した。
魔王がケントの顔を覗き込みたくなるはずだった。顔がそっくりだ。
「俺は生まれ変わらないぞ」
「期限過ぎるとどうなるの?」
「魂が磨り潰れてすごい悲鳴を上げながら砕け散ります。迷惑です」
と、リチャード。
「砕けた魂は魔の栄養になるから、どこかで魔物大繁殖が起きて、生態系やらなにやら大破壊されるよ」
「それはほんとに迷惑だわ」
「ましてや、彼の魂は、英雄枠なので、未曾有の大繁殖が起きることでしょう」
世のためにも、転生して欲しい。
「なんで転生しないの? 虐められたの? 振られたの? 自殺の原因は何?」
男の子はびっくりした顔をして言った。
「自殺なんてしてないけど?」
レディは虚無の目になった。
他殺なのか、と。
疑うとしたら、家族になる。
それは辛い。
「家に帰ったとき、梯子が出しっぱなしだったんだ」
リチャードの腕から飛び降りて、少年は目を輝かせて言った。
「あれがあれば、屋根に登れるし、俺、絶対、うちの屋根から、隣の屋根に飛び乗れる自信があって」
レディは霊に、物理的ダメージを与えた。
猫ぱんちっ
猫ぱんちっ 猫ぱんちっ 猫ぱんちっっっ
ケントの長男は地面に顔をめり込ませていった。
リ「男の子ってそんなもんなんですよ」
魔王「こんな馬鹿みたいな理由で死ぬんだよね、男って。隣の屋根に飛び移るのに、何か目的があるのかって聞いたら」
霊「そんなのないよ。ただ、あのとき、出来るって思ったら、夜中、みんな寝た後、やってたんだ。届かなかったから墜ちたけど」
「意味わかんねーんだよっっ」
レディはついに、四本の尾で少年を殴り倒していた。
「こんなに苛つかされたの、あの阿呆(帝)以来だわ」
一度落ち着きなおした。
「この子は英雄になる、なれる魂なので、無茶をするのです。100の魂から運の良い一つが、生き抜いて英雄となるのです。だからまあ、英雄の逸話で、赤ん坊の時に毒蛇の頭を食いちぎったとか、毒蜘蛛の巣に手を突っ込んで噛まれて生死の境目をさまよったとか、怒り狂う猪に飛び乗った、とか、頭のおかしいのがごろごろ出てきます。生き残ったら、神の試練的なのが与えられて、その時代の英雄になるのです。死にましたけれど」
と、リチャード。
「むしろ、よく七歳まで生きた、と」
「親が大変すぎるわ」
「うん。だからさ。生まれ変わっちゃ駄目じゃないか? また家族を悲しませるよ」
レディは再度、尻尾で殴った。
ふっしゃっー
とか
ふぎゃーぁぁぁ
とか、ザザが「そんな貴女でも俺の愛しい淑女ですよ」と言ってくれるだろうが、完全に化け猫顔で、瞳孔が縦にぎんぎん開いていて、大きく開いた口から攻撃音を発している。
「説得も面倒になってきたので、猫の君に任せてしまおうかな、と思っていたところに、親が居るので、親と話をさせようかと。私の支配地なので、人間と霊も対話可能だから」
魔王様は行き当たりばったりである。
本来なら、霊というか魂の管理なぞしない。 いつまでも、居座られて仕方なく相手をし、転生有効期限が切れそうで、過ぎると面倒なことが起きるから慌てたのが、今の事情になる。英雄枠の魂でなかったら、気に留めなかったのだが。
「もういい。親と話せ」
レディもそれが良いと思った。
自殺だと思って、14年近く悩んだ家族が可哀想だ。
アホな事故だったよ。正直、自殺の一種だよ。
「やだよ」
3人(猫もいるが)は霊の首根っこを押さえて、ケントを殴って起こした。
ついでに眠りの魔法が解けたので、みんな起きてしまい、レディはしとやかな淑女に戻って、ザザの膝に跳び乗った。
「え、魔王」
「起き抜けに、一芸披露かよ」
「この数です。全員で合奏とかにしませんか」
ポーターが楽器を皆に配り始めた。指に嵌めて、鈴を鳴らすものとか、拍子をとるものや、小さい太鼓など、技能がいらないものを用意していた。
「今、声でないしな(寝起きだからまともに出ない)。楽器ならなんとか」
「皆の衆、芸は・・・見たいが、今回はまあいい。輪廻転生したくないとほざく霊がいるので、生前父親だった男に話をさせにきた」
霊が拒否じみた絶叫を放ったが、魔王は仔猫をそうするようにぶらんと父親の前に突きだした。
「ヒロ?」
「えーっと、久しぶり、父ちゃん。なんか髪白くなったね。あと、禿げた」
いわば、ケントの子のヒロは、地雷原でタップダンスをするよう、魂に刻まれた子である。
「お前がかわってねーだけで、どんだけ経ったと思ってんだよ。やかましいわ」
起き抜けに、死んだ我が子につっこみを入れなければならないケント。子の因果が親に報いてる。
「あの子、死んで15年ぐらいだっけ」
「いや、まだそんなに、え、もうそんぐらいになるかー?」
仲間達がぼそぼそと話す。
「会えたから、聞きたい」
「うん。聞きたいことはわかってるけど~あー、うんはいどーぞ、父ちゃん」
「誰かに虐められたり、酷い目にあっていたなら、なんで父ちゃんや母ちゃんに、教えてくれなかったんだ? 信用できない親だったのか、俺たちは?」
ヒロが、困ったように、笑うような泣くような顔をして。
「あの日、跳べるって、思っちゃって。でも、墜ちちゃったんだ。だから、イジメとかそういうの、ない」
ケントは辛そうな顔をしていたのが、一瞬にして真顔になった。
「は?」
「だから、その、屋根から屋根にこう、飛び移れるって、やれるって、あのとき、あの瞬間、ビビっときて」
5拍ほど置いて。
「馬鹿かよ!」
怒鳴ってから、ケントは顔をゆがめた。ヒロがさっき見せたのと、同じ、笑うように口角がつり上がり震え、堪えきれず、目元を手で押さえ、嗚咽をこぼしながら。
「ほんと、馬鹿だなあ」
呟くように罵った。
泣きながら。
「ごめん、父ちゃん。母ちゃんにも伝えて。なんていうか、うっかり死んじゃったんだ。ごめんね」
心残りはなくなった。
消えてしまおう、と彼は思ったが。
火花が飛び散った。
「燃えない火か」
と、魔王は掌で火花を受け止めた。
レディが以前いたところでは、狐火や鬼火、ないし人魂と呼ばれる光である。
ヒロは人魂に巻き込まれて、昇天したように見えて。
レディに連れ去られていた。
ザザは白い生き物を抱えたまま、傍観に徹していた。
触り心地が変だが、レディしか毛玉はいないはず。
怖くないですよ、と囁きながら撫でて宥め。
目の眩む人魂の炎から視力が回復した、というか、元の暗闇に目が慣れていってようやく。
「ビーグルの、Sっ。え、ちょっと、俺のレディはどこっ」
ビーグルのS、真っ白な短毛種の『シュナイダー』が鼻に皺を寄せて唸った。
「ああ、抱っこが嫌いなのだ、シュナイダーは」
と、魔王。
「知ってる。知ってるけど、勝手に腕に入り込んでおいて、それは勝手すぎるよ」
シュナイダーとしては、仲良くしていた子供の霊が去るから見に来たら、化け猫の尾に引きずり込まれて、抱っこされていたので、怒っていいはずの事案である。
混乱をいまだ遺して。
レディはヒロの魂を自分の尾で絡め、彼が転生する先に連れて行った。
ケントの長女。ヒロの妹に当たる女性の、腹の中。
「おまいさんが入らないと、この子は死産になるの。おまいは、妹から兄を殺して、最初の子も殺すのよ」
まだ肉の塊。母の一部。
魂が入っていないのだ。
本来ならとっくに、入っているはずなのに、駄々をこねたから、胎児はぴくりとも動かない。
母になる女は横になっているが、お腹をさすって、
「お腹、蹴るって、私がわかんないだけ? 本当に生きてる? みんな、そんな話するのに。ねえ、ほんとうに、ちゃんと、無事に育ってる?」
と、不安げに呟いた。
ヒロは左右を見て、逃げたそうにしていたのを止めた。
「だけど、俺は、きっと、走ってる馬に触りたくなるし、魚かなんかの影見た瞬間、水路に飛び込む。木とか壁に穴を見つけたら、手を突っ込んで、なんかやらかす」
たしっと、レディはヒロの額を叩いた。
「幽霊でもそれけっこう痛いんだけど。どうしたって、その衝動は止められないんだよっ」
「なんかしでかす時に、この古い化け猫様の加護で、止めてあげる。さっさと入りなさいよ。帰りたいんでしょ」
「帰りたい。帰りたい。帰りたいっ」
「じゃ、さっさとお行きっ」
ばしんっと尾がヒロをひっぱたいて、女の腹に叩き込んだ。
「あ、ありがとっ。生まれ変わって、大人になれたら、絶対、恩返しするっ」
はっと、レディは笑った。
「いいよ、どーせ覚えちゃいないさ。それに、大人になれたら? 馬鹿だね、大人になるんだよっ」
ケントの娘はうつらうつらしながら、ふっと軽い痛みというか、変な感じに目を開けた。
「ん?」
蹴り蹴り
「んん?」
母親になる女は、ぼろぼろ泣きながら。
「ははっ、蹴った。これ、これかぁ。よかったぁ」
と、お腹を撫でた。




