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第1話 謎の美少女 その②


 とまぁ、いい感じに因縁もついたところで、彼女はマウンドに上がる。


 制服姿の美少女がピッチャーマウンドに立つなんて、普通はプロ野球の始球式くらいでしか見られない光景だ。


 まずは投球練習。

 とはいえ、この1球で勝負の大方の行方が分かってしまう。


 もし、始球式のアイドルや女優よろしく、山なりの超スローボールとか、目の前の地面に突き刺さる超フォークボールなんかを投げでもしたら、その時点で試合終了だ。


 ......まぁ、十中八九、投げる前からもうすでに終わってるとは思うけど。



 

 それにしても――


 いい足してんなぁ。

 

 特に、太ももがしっかり太いのがいい。筋肉質に引き締まっている一方で、どこか柔らかそうな肉付きも感じさせる。

 張りのある白磁の肌が、日差しを受けてつややかに光っているのが.......なんというか、すごく、息子に悪い。


 投球動作に入ると、スカートのすそが揺れ、ちらりと太ももの裏側がのぞく。

 足フェチにはたまらない、まさに天国のような光景だ。

 キャッチャーやってて、ほんと良かったあああ!


 役得を味わい尽くしていると、

 ふと気づいた時には、彼女は左腕を振り抜き、ボールを放っていた。

 

 山なりでも叩きつけるようでもなく、キャッチャーめがけて真っすぐに飛んでくる、見慣れた軌道。


 そして覚える、違和感。


 ......あれ? これ、めっちゃ速くね?


 軽く構えていたキャッチャーミットに思わず力が入る。

 意表を突かれながらも、なんとかボールの軌道上にミットを動かし、捕球体勢を整えた――


 はずだった。


「ガッ......!?」


 次の瞬間、鈍い衝突音と共に視界が揺れ、顔や首に痛みが走る。

 一瞬、何が起きたのか分からなかったが、どうやら顔にボールが直撃し、キャッチャーマスクが弾き飛ばされてしまったらしい。


 「舐めるな」

 そう、言われたような気がした。


 変化球が投げられないから、そしてなにより、女子だから。

 それだけの情報で「どうせ大したことない」と高を括り、油断した。その結果がこれだ。


「すまない、大丈夫か?」


 マウンドを降りてきた彼女が、心配そうにこちらを見てくる。

 本当に情けない。何やってんだ、俺。


「あぁうん、大丈夫。大したことない」


 不甲斐なさを誤魔化すように、地面に落ちたマスクに視線を向けながら答える。


「......もし捕れないようなら、少し力を抜いた方がいいだろうか?」


 その声には、たしかに“心配”が滲んでいた。そして、それ以上に、“弱者への情け”のような響きを感じる。

 

 そうだよな。

 彼女からすれば、”まっすぐ”の一つもまともに捕れないヘボキャッチャーだもんな。

 

 自業自得ではあるが、悔しい。

 ピッチャーに手を抜かれるなんて、死んでもごめんだ。


「いや、全力でいい。次はちゃんと捕るから」

「しかし、もしまた同じようなことが」


 彼女は、疑念が拭えないといった様子で、俺を言いくるめようとする。

 信用できないのは当然だ。一つの言葉よりも一つのプレーの方が何倍も説得力がある。


 それならせめて――


「ごめん!!」


 彼女の言葉を遮って、思わず声を張り上げた。

 自分でも驚くくらいの勢いで、深く頭を下げる。


「......え?」

「正直言うと、めっちゃ舐めてた。

 変化球のひとつも投げられない女子とか、どうせまともなボールなんて来ないだろって思ってた。勝手に決めつけて、油断して......それで、想像してたよりもずっと速いストレートが来て......捕れなかった。そんなクソダサいやつなんだ、俺は!

 それでも、俺にもプライドがある。君のピッチングを邪魔するような、もっとダサい奴には絶対になりたくない。

 だから、次は絶対に捕るから――もう一度、全力で投げてくれ!」


 嘘偽りのない言葉で、正直に謝る。

 信用を少しでも取り戻すには、このくらいやらないと割に合わない。そう思った。


 ......とはいえ、ちょっと熱くなりすぎたかもしれない。

 言ってるうちに気持ちがどんどん昂ぶって、気づけば想定の何倍もクサいセリフをぶちかましていた。


 彼女は、最初こそ少し目を見開いて驚いたような顔を見せたが、その後はずっと無表情だった。


 ――これ、絶対ドン引きされてるやつだ。

 このまま真顔で「いきなり何言ってんの? キモ」なんて言われたら、マジで三日は寝込む。


 しかも彼女視点で考えてみれば、いきなり謝ったかと思えば、失礼なカミングアウトしだしたやつだもんな、俺。

 このあと本気で怒られても仕方ない......というか、引かれるよりはまだそっちの方がマシな気さえする。


 これは......完全にやらかした。


 自分の発言を悔やみながら、おそるおそる彼女の反応を待っていると、


「......ぷッ。ふふふッ、あははははははっ!」

「.......え?」


 めちゃくちゃ笑い出した。

 肩を揺らして笑いながら、目尻にはうっすら涙まで滲んでいる。


 からかわれているのか、呆れられているのか、それとも純粋におかしかったのか。

 予想外の反応に判断がつかないまま固まっていると、彼女はようやく笑いを収め、こちらを見て言った。


「いや、すまない。見た目に反してあまりに馬鹿正直なことを言うものだから、つい可笑しくなってしまってな」


 ......なんか、さらっとディスられた気がする。


「面と向かって『舐めてた』と素直に白状できるその精神性には、正直、感心した......まあ、それと同時に、結構イラッともしたがな」

「ほんとごめん」


 俺は爆速で頭を下げた。

 そんな俺を見て、彼女は少し意地の悪い笑みを浮かべる。


「まぁ九割九分九厘、先輩の自業自得とはいえ、一応、こっちも顔に当ててしまっているからな。今の一球は、お互いになかったことにしよう」


 言いながら、彼女は背を向ける。

 白髪がふわりと揺れ、軽やかにマウンドへと戻っていく。


「――次は、ちゃんと捕ってくれよ。先輩」

「あぁ、絶対に捕る」


 俺の返答を聞いた彼女は、特に何か返事をする訳でもなくマウンドへと戻っていく。

 そして、数歩進んだところでぴたりと立ち止まり、ふいにこちらを振り返る。


「ああ、それと。ひとつ訂正しておきたいことがある」

 

 なにかを思い出したかのようにそう切り出すと、

 その唇の端が、わずかに吊り上がる。


「――さっきの球、"全力"じゃないぞ」

 

 ぞわり、と背中を何か冷たいものが這い上がるような感覚がした。

 その翡翠色の瞳に、妖しい光が宿っている。

 まるで、強大な力を持った怪異が“圧倒的弱者”である人間を観察しているかのような、そんな視線だった。


「あ、野海くん」


 その時、背後から唐突に声をかけられ、俺の意識が現実に引き戻される。

 振り向くと、池見監督が例のサングラスを七色に光らせながら、こちらに歩み寄ってきていた。


「ずいぶんと派手にぶつかってたけど、大丈夫そ?」

「はい。痛みももうないですし、大丈夫です」

「そっか、それならよかった」


 「問題ない」という意思表示の意味も込めて、俺は手に持っていたマスクを装着する。


 実際、かなり痛みは引いていた。

 それよりも今はむしろ――


 だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に、監督の口元には、まだどこか疑いを拭いきれないようなわずかな歪みが残っていた。


「たださ、ケガした直後ってアドレナリンが出てるから、痛みを感じにくいんだよね。だから、念のため今から病院に行ってほしいんだけど――」

「やらせてください」


 言葉は、自分でも驚くほど自然に口をついて出ていた。


「え?」

「練習が終わったら、必ず病院に行きます。だから、この勝負の決着がつくまでは、キャッチャーやらせてください」


 ――キャッチャーとしてのプライドがズタズタになっている方がよっぽど重症だ。

池見監督はしばし黙り込み、ぽりぽりと頭をかいている。


「んー、まぁ捕れなかったのが悔しいのは分かるけどさ......だからって、野海くんの身に何かあっても困るっていうか」

「いえ、大丈夫です!! 見てください、こんなに元気ですから!!」


 人を説得するには、言葉よりも行動だ。

 という訳で、ヘッドバンギングよろしく、頭と首をブンブンと振って見せる。


「うわああああッッ!? なにやってんの!? 脳震盪起こしてるかもって言ったの聞こえてなかった!?」

「さっきまでは大丈夫だったんですけど、ちょうど今なりかけてます」

「野海くんのバカ!! あー、もう分かった、分かったから! 今すぐそれやめて!」

 

 監督が観念したようにため息をつく。

 やはり、行動で示すことこそ正義だ。


「はぁ......じゃあ予定通り、キャッチャーは野海くんね。それと、『練習が終わったら』じゃなくて、一打席勝負(これ)終わったら速攻で病院行ってね」

「はい、ありがとうございます!」


 よし。なんとか、負け逃げの形だけは回避できた。あとは――


 マウンドの土を黙々と均す、白髪の化け物。

 彼女の“全力”を、真正面から受け止めるだけだ。



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