プロローグ
※本作はフィクションです。
作中に登場する固有名詞等は、実在の個人・組織・場所とは一切関係ありません。
また、作中に描かれる高校野球の規則や日程などについては、現実の運営・制度とは異なる描写があります。あらかじめご了承ください。
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スコアは3–0。
勝ちはした。
だが、相手が一回戦負け常連の弱小チームであることを思えば、手放しで喜べる内容ではなかった。とはいえ、それはまぁいい。
一番の問題は、相手ピッチャーの投球成績だ。
7回を投げて、被安打6、失点3。
そして、奪三振数は19。
失点はいずれも味方のエラー絡み。
被安打に関しても、もし相手の野手陣に平均的な守備力があれば全てアウトにできていたような打球だった。
つまり俺たちは、事実上、”完璧”に抑え込まれた。
それも、変化球を一球たりとも投げない、ストレートオンリーのピッチャーに、だ。
中学生とは思えない、180センチを超える長身から投げ下ろされるのは、140キロ前後の剛速球。
グラブを高く掲げる“羽ばたく”系のオーバースローから放たれるその一球は、打者を見下ろすような角度で迫ってきたかと思うと、スイングの直前、突如として浮き上がる。
まさに、異次元の球筋だった。
どれだけ早くバットを振り出しても、感覚よりも高い軌道を想定してもかすりすらしない。
工夫や努力を全て無意味なものにしてしまう、圧倒的な実力差がそこにはあった。
正直、あの頃の俺は、本気でプロに行けると思っていた。
軟式とはいえ全国常連のチームでクリーンアップを任され、名のある強豪校からも声がかかっていた。
強豪校のレギュラーとして甲子園に出場し、そこで活躍してプロへ。そんな未来が、現実になると信じて疑わなかった。
だが――
あの投手と出会って、思い知らされた。
プロに行くような本物の”天才”とは、ああいう奴のことを言うのだ、と。
その日を境に、俺は、自分が”人より少しだけ優れているだけの、凡庸な人間”に過ぎないことを自覚するようになった。
そしてそれ以来、ただの一度も”プロになりたい”と思ったことはなかった。
あれから10年が経った。
今は一人の名も無きサラリーマンとして、平凡な人生を歩んでいる。
けれど、後悔はしていない。
生涯を共にしたいと思える伴侶と出会い、つい先日には第一子も生まれた。仕事も順調で、上司や同僚にも恵まれている。
自分で言うのもなんだが、幸せだと思う。
そんなある日のこと。
仕事帰りに家へ戻り、子どもの寝顔を見てからテレビをつけた。
流れていたのはスポーツニュース。
そして、テロップに映った名前に、思わず目を留める。
あの日の、あの投手の名前。
その隣には、ひとつの言葉が並んでいた。
――戦力外通告。
その瞬間、俺は改めて思った。
あの時、自分が選んだ道は、きっと間違っていなかったのだと。