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マーダーゲーム・トライアル  作者: ノムラユーリ(野村勇輔)
Stage1 廃墟の街

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第5回

   5


 僕と藤原さんは、零士さんと篠原さんに言われるがまま、近くに建っていた比較的崩壊の少ないビルの中に身を隠すこととなった。


 何かあった時の為に退路を断たれないよう選ばれたのは、出入り口が複数ある、かつては何かの事務所だったらしい三階の一室だった。


 事務机や椅子、何かの資料が収められた書類棚がいくつも壁際に並んでおり、部屋の片隅に置かれた枯れ朽ちた観葉植物が、なんともいえない物悲しさを演出している。


「ここに隠れてな。だが、いいか。少しでも変だと思ったらすぐに逃げろ」


「少しでも変って、例えばどんな?」


「んなもん知らねぇよ」零士さんはニヤリとして、「それは自分で判断するんだな」


 そう言い残して、笑顔で僕らに手を振る篠原さんと共に、事務所から出ていった。


 僕と藤原さんは、事務所のどのドアからも逃げられるような場所に位置する事務机の影に身を潜めた。


 こんなところで、こんな可愛い子と身を寄せ合うようなシチュエーションなんて普通なら大喜びしてもいいところなのだろうけれど、状況が状況なだけに、そんなことを感じるだけの余裕なんてあるはずもない。


 いつ殺人者たる矢立という男が現れるともしれず、そうなったときに急いで逃げられるよう、心の準備だけはしっかりしておく。


 相変わらず現実味のない状況だけれど、これまでのことを考えるに、これが例え夢や幻だったのだとしても、殺されたってかまわないなんて思うはずもない。


 僕は、絶対に殺されたくはない。


 それに、藤原さんのことだって――


 ふと藤原さんに視線を向けると、藤原さんは戸惑うような表情で、事務所内のあちらこちらを見回している。緊張していた表情がより緊張を深め、彼女の身体が小刻みに震えているのがよくわかった。


「だ、だいじょうぶ、藤原さん。落ち着いて……!」


 小声で声をかければ、藤原さんは僕の袖をぎゅっと引っ張りながら、

「――あたし、ここ、知ってる」


「ここって、このビルのこと?」


「う、うん――こ、こ、ここ、は――ここは――!」


「ゆっくり、ゆっくり深呼吸して」


 藤原さんは一度深く息を吸い、長く吐いてを何度か繰り返してから、


「ここは――終末、バトルロワイヤル」


「終末バトルロワイヤル……?」


 それは、数年前に流行った映画のタイトルだった。


 終末世界を舞台にした、生き残った者たちによる物資の奪い合いを描いた邦画だったはずだ。


 海外での公開を視野に入れた、相当な製作費をかけた超大作だったのだけれど、結局海外ではいまひとつな興行収入しかなく、その後続編を作るという話も立ち消えになったんじゃなかっただろうか。


 僕自身はその映画を結局観ていないので、タイトルと軽いあらすじくらいしか記憶には残っていなかった。


 藤原さんは胸に手をあてると、いまだ荒い呼吸を静かに整えながら、

「――そう。この廃墟の街……たぶん……映画のセット……そのままなの……」

 それに、と藤原さんはごくりと唾を飲み込み、

「熊谷さんのことも、思い出した……」


「えっ」


「映画の、パンフレットに、写真が、あったの。あの人、映画の原作者――玄光角造、だと思う」


「原作者? あの映画、漫画か何かだったの?」


「小説」

 短く藤原さんはそう答えて、

「たぶん、その一作しか、出してない」


「でも、それって、だから、どういう――」


「このステージは、きっと熊谷さんの過去から作られてる」


「過去? この街が?」


「……うん。ステージの構成は、そのゲームで殺人者になった人の過去の記憶から形成されるって、前のゲームで零士さんが言ってたの」


「――ってことは、まさか」


「熊谷さんが、このステージの、殺人者かも知れない」


 しまった、と僕は目を見開く。


 零士さんも、篠原さんも、緒方さんも、あの熊谷さんと一緒に行ってしまった。


 もしかしたら、今頃はもう――?


 その時だった。


 こちらに向かって駆けてくる足音が聞こえてきたのである。


 僕も藤原さんも、身体を強張らせながら、音の聞こえる方に顔を向けた。


 瞬間、事務所の一番端のドアが叩き壊されるんじゃないかというほどの大きな音と共に開け放たれ、あの熊谷が姿を現す。


「どこ行きやがった! ぶっ殺してやる!」


 熊谷は事務所の中を見回すと、大きな足音と共に、僕らの方へ近づいてくる。


 僕は咄嗟に藤原さんの腕を引っ張り、

「逃げないと!」

「う、うん!」

 立ち上がり、反対側のドアに向かって駆け出した。


 そんな僕らの後ろから、熊谷の声が響き渡る。


「あ、待て! お前ら!」


 ドアを潜り抜け、左右に伸びる廊下に出る。右に行けば一階に戻る階段が、左に行けばその先には非常階段の入り口があった。熊谷が入ってきたのは右側のドア。見れば、その右側のドアから再び熊谷が廊下に飛び出してくるのが見えた。


「どこ行く気だ! 戻って来い!」


 僕らは非常階段へ向かって駆け出した。


 こんなところで殺されたくはなかった。


 ただその思いだけで、僕らは走る。


 非常階段までの距離が異様に長く感じられる。


 後ろからどかどかと追いかけてくる熊谷の足音が、あまりに恐ろしくて仕方がなかった。


 途中、何度も足を取られながら、僕らはなんとか非常口のドアまで辿り着いた。


 ドアノブを掴み、思いっきり押し開けようとして――開かない。


「そ、そんな!」


 藤原さんが、絶望の表情を浮かべて、僕の腕を痛いくらいに両手で掴む。


 なおも聞こえてくる熊谷さんの足音が、すぐ後ろに迫っていた。


 もしかして引くのかと試してみたが、どう見てもこちらからは押して開くようになっている。


 こ、こんなところで鍵がかかっているのか、と焦りを感じながら、さらに力を込めて押したところで、ドアがゆっくりわずかに開いた。


 そこに指を突っ込み、力いっぱい向こうへ押しやる。


 そのドアの向こう側に、何か重たいものが邪魔をしていることに僕は気付いた。


 それを押しのけるように、さらに力を込めてドアを開き、飛び出したところで。


「――っ!」


 そのドアに寄りかかっていたらしいものが、ドサリと倒れた。


 大量の赤い血の海の中に倒れていたのは死体、だった。


 見知らぬ青年の、身体中を鋭利な何かで執拗に突き刺されたその死体が、非常ドアに寄りかかっていたのである。


 だから、なかなかドアが開かなかったのだ。


 ……矢立海斗。


 もう、すでに彼はここで殺されていたのだ。


 恐らく、熊谷の手によって。


 けれど、そんな彼の遺体に驚愕している時間なんてない。


 僕は、眼を見張り立ち尽くす藤原さんの手を強く引っ張ると、一気に目の前の階段を駆け下りた。


 僕らの後ろからは、息も切れ切れになった熊谷の、何かを叫ぶ声が聞こえていた。


 熊谷のその声も、もはや何を言っているのか聞き取れないほど乱れていた。


 僕も藤原さんも、同じく息を切らせながら、転ばないよう、全速力で一階へと駆け下りる。


 そこへ、

「――ふたりとも、こっちだ!」

 声が聞こえて振り向けば、階段下の物陰に、緒方さんの姿があった。


 左手にあの鉄パイプを握ったまま、視線を降りてくる熊谷に向け、僕らを手招きしている。


 よかった、緒方さんはまだ無事だったようだ。


「零士さんと篠原さんは?」


「俺は知らない。死んでなきゃいいがな。とりあえず、君たちはここで待ってなさい」


 緒方さんは僕らを物陰に潜ませると、鉄パイプを両手に掴んで、非常階段へ向かった。


 よろよろと力なく階段を降りてきた熊谷の前に、緒方さんが立ちはだかる。


 そして鉄パイプを大きく振り上げ、容赦なく熊谷の頭部めがけて振り下ろしたのだ。


 瞬間、熊谷が大きく目を見開き、振り下ろされた鉄パイプを咄嗟に右手で掴み返すと、必死に緒方さんからの攻撃に抵抗し始めた。


 引いて、押して、緒方さんと熊谷は、互いにその鉄パイプを奪い合う。


 双方ともに決して離すまいと押し合いへし合いするように争っていたかと思うと、突然、緒方さんがその手をパッと離した。


 その途端、熊谷がバランスを崩して仰向けに倒れる。


 それを緒方さんは見逃さなかった。


 一瞬にして鉄パイプを奪い返すと、熊谷の頭を何度も何度も滅多打ちに殴り始めたのだ。


 僕はそんなふたりの様子から目を逸らすことができなかった。


 藤原さんは、そんな僕の腕を胸にぎゅっと抱えたまま、大きく身体を震わせながら、眼を固く閉じて見ないようにしている。


 熊谷は緒方さんからの攻撃に対して、両手を振り乱して抗った。


 けれど、そんな行為は、もはや何の意味も為さなかった。


 何度も何度も鈍い音が辺りに響いた。


 熊谷の呻き声、骨を砕く音。


 そのうち緒方さんは鉄パイプで熊谷の頭を殴るのではなく、何度も何度も、執拗に熊谷の身体に鉄パイプの折れた先を突き刺しては抜き、抜いては突き刺してを繰り返す。


 もはや熊谷の呻き声など聞こえてもこなかった。


 ぐちゃり、ぐちゃりと鉄パイプが熊谷の肉をかき混ぜるような気味の悪い音が聞こえてきたところで、からん、と緒方さんがその血まみれの変形した鉄パイプを地面の上に放り投げた。


 熊谷はもう、身動き一つしなかった。


 壁という壁、地面には赤い血だまりができている。


 熊谷が、僕の見ている目の前で、死んだ。


 あの鉄パイプによって、いとも簡単に、あっという間に――


 緒方さんの顔やスーツも、熊谷さんの返り血で赤く染まっていた。


 大きなことを達成したが如く、緒方さんは深い深いため息を吐いてからこちらに振り向き、


「――安心して、ふたりとも。これでゲームは終わりだから」


 にっこりと微笑みながら、そう口にしたのだった。

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