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マーダーゲーム・トライアル  作者: ノムラユーリ(野村勇輔)
Stage1 廃墟の街

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第4回

   4


 足場の悪い道を、零士さんを先頭にして、僕、藤原さん、そして篠原さんの順で並んで歩く。


 どこを見てもただ崩れたビルが建ち並び、相変わらず道路には点々と自動車やタクシー、バスが打ち捨てられていた。時折大きなトラックを見かけたりもするが、それを目にするたびに零士さんと篠原さんは緊張するように足を緩め、収められた銃に手をかけた。


 僕らは今、あの黒ジャージの男が走り去っていった方へ向かっていた。


 もちろん、あの黒ジャージの男を仕留めてこのゲームを終わらせるために。


 終わらせる、とはつまり、あの人を殺してしまうということだ。


 けれど、そこに現実味なんてものは全くなかった。


 確かに僕らは命を狙われた。あの黒ジャージにナイフで刺し殺されるところだった。


 それなのに、まったく以て現実感が沸いてこないのはどうしてだろうか。


 あれだけの目に遭って、今もまだここは僕の夢の世界で、ともすればスマホの目覚ましアラームで目を覚まし、現実に戻れるんじゃないかという期待を抱いていた。


 けれど、この身体の痛みと疲れは、いったいなんだ。


 ぎゅっと僕の右手を握り締めている藤原さんの、汗ばんだ柔らかい手の感触。すぐそばで聞こえる、彼女の緊張したような、少し荒い息遣いはあまりにも現実的に僕の感覚を刺激した。


 夢か、それとも現実か。


 いったいどのような仕掛けで――或いは力で――僕らはこんなところでこんなくだらないゲームをやっているのか。


 スマホにダウンロードした、ただのゲームだぞ?


 いったい、なんでこんなことに――


「とまれ」


 零士さんが、短く口にする。


 その言葉に、僕は緊張して身体を強張らせた。


 それと同時に、藤原さんがさらにぴったりと僕の背中に身体を押し付け、ぎゅっと痛いほど僕の手を握り締めてくる。


 銃を構えた零士さんと篠原さんの視線の先――大型トラックの向こう側に、何か黒い影が動くのが見えた。


「……両手を上にあげて、そこから出てきな」


 その黒い影に、零士さんが銃口を向ける。


 黒い人影はトラックの影から両腕をピンと上にあげながら、ゆっくり、ゆっくり、敵意をないことを表しながら歩み出てくる。


 グレーのスーツに身を包んだ、しっかりと身だしなみを整えた男だった。


 たぶん、三十代くらいだろうか。


 そのスーツの男の後ろからさらにもうひとり、ぼさぼさ髪の中年男が同じく両手を上げながらのっそり、のっそり、歩み出てきた。


 あの顔は……確か、三十代くらいの男が緒方翔で、ぼさぼさ髪の中年が熊谷庄司、だったはずだ。


「大丈夫だ、俺たちは殺人者じゃない」

「銃をおろしてくれ、頼む」


 ふたりの言葉に、けれど零士さんも篠原さんも、決して銃を引っ込めることはなかった。


 なおもおじさんふたりに銃口を突き付けたまま、

「……こっちに黒いジャージ姿の男が来ただろう」

 零士さんがそう訊ねた。


 緒方と熊谷は互いに目配せすると、

「――いや、俺は知らない」

「わたしも見ていない」

 首を横に振ったのだった。


 零士さんは篠原さんと軽く視線を交わらせてから、静かに銃を収める。


 それから、

「……だとしたら、この辺りのどこかに奴は潜んでるってことかな?」


「そうなるわね。もしかしたら、ここで私たちを一網打尽にしようなんて考えているんじゃない?」


「これだけの人数をか? 六人もいるってのに、どうやって?」


「爆弾、とか?」


「へぇ、そりゃ物騒だ」


 くつくつ嗤う零士さんと、くすくす笑う篠原さんは、けれど絶対にそんなことはないと確信しているかのようだった。


 そんなふたりを僕が複雑な気持ちで見ていると、不意に藤原さんが僕の腕を両手に抱いた。


「――どうしたの? 大丈夫?」


 訊ねれば、藤原さんは眉を寄せるようにしながら、

「……あたし、あの人、知ってる気がする」


「……あの人? 緒方さん?」


 藤原さんは首を小さく横に振り、

「……熊谷さん。あの顔、見たことある気がするの」


「どこで? これまでに参加したゲームで?」


 藤原さんは必死に思い出すような仕草をしてから、

「――だめ。全然思い出せない」

 小さくため息を吐いたのだった。

「たぶん、どこかで会ってるんだと思うんだけど……」


 僕は、改めて熊谷さんに顔を向けた。


 熊谷さんは緒方さんとともに、零士さんや篠原さんと一定の距離を保ったまま、何事か会話を交わしていた。


「この中に殺人者が居ないってことは……」

「この矢立海斗って若い方が殺人者なのでしょうなぁ」

「さぁて、そいつはどうかな。案外この中の誰かが殺人者じゃないふりをして、紛れ込んでる可能性だってあるからな」

「そうね、あなただったら確実にそうするでしょうし」

「まさか。俺ならそんな面倒なことはしないさ。会った先から全員脳天撃ち抜いて殺ってるよ」

「ちょ、ちょっとやめてくれよ……」

「確かに、その方が早いかもしれませんからねぇ。わたしだってそうするかもしれない」

「な? 誰かさんと違って、じっくりじっくり、痛めつけて殺るようなことはしないさ」

「……あら? それ、もしかして私のことを言っているつもりなのかしら?」

「さぁて、ねぇ?」


 相変わらずけん制し合う零士さんと篠原さんの様子に、緒方さんも熊谷さんも少し引き気味な笑みを浮かべるのだった。


 熊谷さんも緒方さんも、ふたりとも一見して普通のおじさんだ。零士さんや篠原さんのように、銃を持っていたりするようには今のところ見えなかった。ふたりのように何か武器を隠し持っている可能性は、これが殺人ゲームである以上確実にあるのだけれど、しかしどこにそれを隠し持っているのかはここからでは判別できない。


「そこのおふたりは? 今回が初参加かな?」


 熊谷さんが、にんまりとおじさんらしい(?)優し気な笑みを浮かべる。


「え、あ、僕は、そうです」


「あたしは――」


 口を開きかけた藤原さんに、

「そんなことより、さっさと矢立海斗を見つけて殺ろうぜ? こんな何もないつまらん世界なんて、俺はもうまっぴらなんだ」


 零士さんは銃をホルスターから引き抜いて、

「……さぁ、狩りを始めようか」

 静かに構えたのだった。


「か、狩りって――」


 思わず口にすると、零士さんは、

「狩りだろ、どう考えても。ここからはポイントを賭けた獲物の奪い合いだ」


「そ、そんな言い方――!」


「まともに参加する気がないんなら、あなたたちはその辺にでも隠れてなさい」


 篠原さんも、太もものホルスターから銃を引き抜き、装弾を確認している。


 見れば、緒方さんは道端に転がっていた細い鉄パイプを、熊谷さんも足元に転がっていた大きな石を両手に掴んでいた。


 おじさんふたりも、武器に心許なさはあるにせよ、殺る気満々といった眼を周囲に向けていた。


 しかし、それにしても――


「零士さんたちは、どこからそんな武器を?」


 ゲームに参加したことで手に入れたアイテムだと思っていたのだけれど、おじさんふたりが手近にあったものを武器にしたのに対し、最初から銃を所持していた零士さんと篠原さんに、僕はさすがに疑問を感じた。


 零士さんと篠原さんは、目をぱちくりさせてから、

「――拾った」

「――貰ったの」

 そんなふたりのにやけた顔に、絶対に嘘だと何故か確信したのだった。

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