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マーダーゲーム・トライアル  作者: 野村勇輔(ノムラユーリ)
Stage3 亡魂の病棟

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第6回

   6


 僕らは近くの診察室に身を潜め、しばらく様子を伺っていたのだけれど、それ以上どんな音も声も聞こえてくることはなかった。


 恐らく、他の参加者たちもあの叫び声に息を潜めて隠れているのではないだろうか。


「……そろそろ行こう」


 僕の言葉に美月は小さく頷き、ゆっくりと立ち上がった。


 互いに銃を構えたまま、しんと静まり返った廊下に出る。


 何度も左右に視線をやり、そこに何も異変がないこと、あの化け物や他の参加者の姿もないことを確認してから、改めて辺りを見回した。


 気味の悪いほど静かな棟内。冷たい空気が僕らの周囲を包み込み、にもかかわらずどこか貼り付くような湿度を感じる。鼻を付く消毒薬のにおいに混じって、何らかの刺激臭が漂ってくるのは気のせいだろうか。


 僕はふとスマホを取り出し、参加者リストを改めて確認する。


 僕らが出会っていない参加者は、横尾綾と吾妻薫のあとふたり。


 横尾は見た感じ僕らと同い年くらいの長い黒髪の女性であり、吾妻は端整な顔立ちの頭の良さそうな印象の青年だった。


 或いはこのふたりのどちらかが、先ほど悲鳴をあげていた声の主なのではないだろうか。


 殺人者として怪しいのは依然として逃げていった藤堂信之ではあるのだけれど、横尾綾と吾妻薫がどのような人物なのかわからない以上、結論を出すのはまだ早いかもしれなかった。


「……静かだね」


 美月が呟き、僕は頷く。


「――早く殺人者を見つけて、こんな所から脱出しないと」


 そうだね、と呟いた美月の手はかたかたと小刻みに震え、その顔は一層青ざめているように僕には見えた。それは果たしてこの薄暗い非常灯の下であるからか、それとも美月の精神が限界に近付きつつあるからか。


「美月は、ホラーとか苦手?」


 なんとなく美月の緊張をほぐすべく、そんな話題を振ってみる。


 いや、こんなところでのこんな話題は、むしろ逆効果だったかもしれないとすぐに後悔していると、


「……うん。ホラーなんて、大っ嫌い。あたしも、早くこんなところから現実に戻りたい」


 そう口にして、手にした拳銃をぎゅっと握り締めるのだった。


「ごめん、美月。こんなときに、変なことを言っちゃって」


 すると美月はふと我に返ったように小さく目を見開いて、ぎこちない笑顔を僕に向ける。


「だ、大丈夫だよ! あたし、まだまだ頑張れるから!」


 僕はそんな美月の健気な姿に、ぎゅっと胸を締め付けられるような思いになった。


 ――僕が、もっとしっかりしないと。


 美月と一緒に、必ずこのステージを生き延びて見せるんだ。


 僕は美月とふたり、再び棟内を歩き始めた。


 とはいえ、今この状況下でどこへ向かえばいいのか判断がつかない。


 叫び声の聞こえた方へ進んで声の主を探してみるか、それとも藤堂の消え去った北棟の方へ向かうべきか。或いはそのどちらでもなく、別の場所へ何か情報を求めて探索するのもありかもしれない。


 ただ、いずれにしても美月の心の方が僕は心配でならなかった。


 叫び声のしたほうへ向かうにしろ、藤堂の消えた北棟へ向かうにしろ、そこには明確な危険が待っている。


 ならばここは、美月がある程度落ち着きを取り戻せるまでは、なるべく安全そうな選択肢を選んだほうが良いだろう。


 ――この世界に、安全なんてものがあればの話になるのだけれども。


 ごくりと唾を飲み込んだ、その時だった。


 

 ――こつ、こつ、こつ、こつ



 すぐ脇のエスカレーターの上のほうから、足音が聞こえてきたのだ。


 途端に美月が、引き攣ったような悲鳴を小さくあげる。


 僕は思わず美月の身体を引き寄せ、抱きしめた。


「落ち着いて、美月。大丈夫、大丈夫だから――」


「う、うん……ごめん……ごめんね……」


 美月の眼から、わずかに涙がこぼれ落ちる。


 僕らはエスカレーターの脇に身を潜めて、一つ上の階から聞こえてくる足音に耳を澄ませた。


 その足音はあまりにも堂々としており、どこかで聞き覚えのあるような落ち着いた歩調であるように感じられた。


 これは――篠原さんの足音だろうか。


「行ってみよう、美月」


 えっ、と美月が顔を上げて、僕の袖を強く引っ張る。

「あ、危ないよ……!」


 僕は美月の両肩を優しく掴んで、なるべく視線が合うように少しばかり前かがみになりながら、しっかりとその視線を受け止めつつ、

「大丈夫。美月のことは、僕が必ず守るから。たぶん、あの足音は篠原さんのだと思うんだ。もしかしたら、あの人はあの人で、何か別の情報を手にしているかもしれない。僕らの情報とすり合わせて、殺人者が誰なのか、一緒に考えてくれるよう頼みたいんだ」


「だ、だけど――!」


 美月が篠原さんのことを信用していないのはわかっている。


 けれど、果たして僕たちだけで、こんな広い病院の中を、あの化け物から逃げのびながら、殺人者を見つけ出すことができるか、自信が揺らぎつつあった。


 美月は篠原さんを信じていないし、篠原さんも参加者は仲間じゃないと言っていたけれど、あの廃墟のときみたいに協力くらいはしてくれるはずだ。


 僕がそれを口にするよりも先に、美月も同じようなことを思ったのだろう、首を横に振りながら、

「――ううん。なんでもない。行こう、悠真くん」

 不安そうな表情で、それでも僕に同意してくれたのだった。


 僕と美月はエスカレーターをゆっくり進み、四階へと向かった。


 もちろん、急な襲撃を警戒しながら。


 四階の廊下に出て、篠原さんがどこへ行ったのか辺りを見回す。



 ――カタリ



 音の聞こえたほうに顔を向ければ、屋上庭園と書かれた扉がわずかに揺れている。


 プロムナードの正面ドアは締め切られていたのに、屋上庭園のドアは開くようだ。


 恐らく、篠原さんはあの屋上庭園に出てしまったのだろう。


 僕は美月と顔を見合わせ、そして小さく頷き合う。


 ゆっくりと足を進めてドアを開け、屋上庭園に出れば。


「……これは」


 星の瞬く夜空に、巨大な赤い満月が浮かんでいたのである。


 その赤はまるで血の如く鮮やかで、あり得ないほどに大きなその月は、僕らに言い知れぬ威圧感を与えていた。


 篠原さんの姿を探してみれば、正面を左右にのびる金網フェンスの、何者かに大きく引き裂かれて破壊された切れ目の向こう側にその姿を発見した。


 篠原さんは胸ほどの高さの壁から、どこか遠くを眺めているようだった。


 僕らがそんな篠原さんの少し後ろまで歩み寄ると、

「――あら、無事だったのね、ふたりとも」

 僕らの足音に気付いたのだろう、篠原さんが微笑みながら振り向いた。


 僕はそんな篠原さんに、

「……そんなところで、いったいなにをしているんですか?」


 すると、篠原さんはにやりと笑んで、

「――見ればわかるわ」


 篠原さんの言葉に、僕と美月は壁際に近づき、篠原さんの指し示す眼下に視線をやった。


 その瞬間、僕と美月は同時に息を飲んだ。


 何故ならば、この巨大な病院の周囲にはどこまでも続く広い野原が延々と続いており、血に染まったような赤い月の光に照らされるその野原っぱをよくよく見れば、背の高い草がゆらゆらと風に激しく揺られていたのである。


 ――草?


 ――いや、違う。


 ――あれは、草なんかじゃない。


「――な、なんなんですか、あれは!」


 僕は目を大きく見開き、篠原さんにそう叫んでいた。


 その草は――草だと思っていたそれは――



 ――人、だったのである。



 正確には、かつて人だったと思しき者たちの群れ。


 腕や足を失っている者。


 頭部を失ってなおふらふらと立ち尽くしている者。


 胸を何かに大きく貫かれたり、引き裂かれた腹から臓物を引きずっている者。


 それらの姿が、遠くからでもはっきり見えたのだ。


 篠原さんはそんな僕に、おかしそうにクスクスと笑い声を漏らしながら、

「――あれはね、ゲームに敗北して死んでいった、亡者たちよ」


「……も、亡者?」


「ほら、ご覧なさいな」


 篠原さんの指さす方に改めて視線をやれば、そこには最初のゲームで死んだ者たち――緒方翔、熊谷庄司、矢立海斗たちの姿ばかりか、相葉昴や山下由紀、そして斬り落とされた自身の首を両手で持ち上げる飯島隆、金井徹たちもそれらに混じってゆらゆらと揺らめきながら立っていたのである。


 その全員が死んだその時の姿そのままで赤黒い血に塗れており、陥没したり粉砕された頭部そのままに、恨めしそうな呻き声すら風に乗って聞こえているような気がしてならなかった。


 篠原さんは、そんな彼らを楽しそうに眺めながら、

「ゲームで死んでいった者たちは、ああして亡者となる運命にあるの」


 僕は彼女の言葉に、一歩後ずさりながら、

「ま、まさか、僕たちも、もし死んだら……!」


「そうね。もちろん、あの子たちの仲間入り」


 にたりと嗤う篠原さんの顔が、あまりにも不気味で悍ましかった。


 この人は――いったい――何者なんだ。


 零士さんは、それでもまだ芯のある頼れる大人だった。


 彼は僕たちに拳銃をくれて、助けてくれて、助言してくれて。


 だけど、この人は――篠原さんは――!


 美月もそんな亡者たちの野原から視線を逸らし、僕の服を強く引っ張る。


 怯え切った表情で、篠原さんから一歩でも遠ざかろうとあと退りながら、

「――早く行こう、悠真くん」


「え、あ、で、でも……」


 言い淀む僕に、美月は今にも泣き出しそうに顔を歪めながら、

「――お願い! あたし、こんなの、耐えられない……!」


「う、うん、わかった」


 僕は怯える美月の肩を抱きながら、足早に、屋上庭園を出て行こうと扉へ戻る。


 その間際、僕は篠原さんに振り向いて、ひとつだけ彼女に訊ねた。


「……し、篠原さんは、殺人者が誰なのか、もうわかっているんですか?」


 すると篠原さんは、場違いなほど爽やかな微笑みを浮かべながら。


「――もちろん」


 ゆっくりと、頷いたのだった。

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