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第1回

   1


 突然の静寂だった。それまで騒がしいほどに聞こえていた人々の話し声、車の走行音、バスターミナルの中に聞こえていた放送、その他もろもろが一切合切聞こえなくなっていた。


 しんと静まり返った周囲に、僕はゆっくりと閉じていた瞼を開く。


「――えっ」


 目の前に広がっていたのは、どこまでも続く廃墟の街並み、だった。


 崩れかけたビルの外壁。粉々に打ち砕かれたガラス窓。歪んで倒れたいくつもの信号機。道路には好き放題に伸びた木や雑草が鬱蒼と生い茂り、アスファルトの至る所に亀裂が入り、また捲れ上がっていたのだった。


 道路には何台もの自動車やバス、タクシーが点々と停められていたが、そのどれにも運転手の姿はない。いや、そもそも運転手が乗っていたとして、それらをいったいどうやって動かすのかと思われるほど、全ての乗り物が錆びついて動かなそうな雰囲気だった。倒れたスクーターからはガソリンの漏れ出た形跡が見受けられたが、そのガソリンもすっかり乾いてしまっていた。


 空を見上げれば、延々と続いて見える重たそうな曇天。


 風はなく、陽の差し込む気配もない。


 熱くもなく寒くもない気温。


 人の気配はまったくない。


 人の姿も、一切、どこにも――


「――あっ」


 辺りを見回していると、数メートル先の好き放題に伸びた生垣の向こう側に、人の足のようなものが目に入った。


 黒い靴、そこからちらりと見える白い靴下。


 けれどその先は生垣の向こう側で、どうなっているのかは全然見えない。


 その瞬間、嬉しさというよりも恐怖が僕を襲った。


 こんな状況で、誰かが生きているとは到底思えなかった。


 完全なる廃墟。どこまでも続く澄んだ無音。


 唯一聴こえるのは、僕の荒くなった呼吸音だけだ。


 そこに人のようなものが転がっていたとして、生きているなんてこと、あるはずがない。


 そこにあるのは死体。恐らくそこに肉はない。白骨化して横たわるその姿が、見ずとも容易に想像することができた。


 だけど。


 ――ピクリ


 その足のようなものが、わずかに動いた。


「……生き、てる?」


 僕は恐る恐る、その見えている足のほう、生垣へと向かってみた。


 ざり、ざり、砕けたアスファルトと、どこからか舞ってきたのであろう砂を踏みしめる僕の足音が廃墟の中にこだました。


 ざり、ざり、ざり……


 ――ピクリ


 また、見えている足がわずかに動く。


 僕はごくりと唾を飲み込み、意を決して、生垣の向こう側を覗き込んだ。


 そして、息を飲む。


 そこには、あの茶髪の可愛らしい女の子が横たわっていたのだった。


 僕はもう一度辺りを見回した。もしかしたら、僕やこの子の他にも、どこかに同じように人が倒れていたりしないだろうか、と。けれど残念なことに、今ここにいるのは僕と彼女だけのようだ。


 ――ピクリ。彼女の身体がまたわずかに動いたのと同時に、

「……ん、んぅ……」

 女の子が小さく呻き、うっすらと瞼を開いた。


「……あっ、あの」

 僕は小さく、声をかける。


 女の子は頭を押さえながら上半身を起こし、眉を寄せ、そして僕に視線を向けて。


「――――っ!」

 大きく目を見張った瞬間、

「こ、来ないで――っ!」

 僕に向かって、大きく叫んだ。


 そのあまりの大きな声に、僕だって驚かないわけがない。


 目が覚めたらこんな廃墟の中に眠っていたのだから、普通なら気が動転してしまうのも無理はないだろう。


 けど、「来ないで」ってのは、いったいどういう言い方なのか。


 まさか、僕が彼女を襲おうとしているとでも思われてしまったのだろうか。


「あ、ち、違うんだ。僕はないもしない、絶対に。だから、ちょっと落ちついて」


 僕がなるべく優しく言いながら一歩足を踏み出せば、女の子は両手を使ってその一歩分、這うようにして後ろに下がる。


 それから女の子は、じっと僕の顔を見つめてから、

「……本当に? 絶対に、何もしない?」


「だ、大丈夫、約束する。ぼ、僕も突然周りがこんなことになっちゃって、驚いているんだ」


「……驚いてる?」


「う、うん。だって、僕らはただバスを待って並んでいただけだっただろ? それなのに、気が付いたときにはこんな廃墟の中にいたんだから、驚かないわけがないじゃないか」


「え、えぇ、そうね……」


 彼女は僕から視線をそらせることなく立ち上がる。


 けれど、僕と彼女の距離は縮まらない。


 精神的にも、物理的にも。


 僕と彼女の間には、約三メートルほどの隔たりがあった。


「僕は佐倉悠真。キミは?」


 また彼女に一歩踏み出せば、彼女もまた一歩後ろに下がってから、

「――あたしは藤原美月」

 それから僕の姿を下から上へと窺うように、

「ねぇ、あなた、本当に違うの?」


「違うって、何が?」


「……殺人者じゃ、ないのよね?」


「ち、違うって! 殺人? なんで僕がキミを殺さないとならないのさ!」


「だって、あなた、参加者なんでしょ?」


「サンカシャ? なんの?」


「マーダーゲーム・トライアル」


 そのゲームの名前に、僕は目を細める。


「……マーダーゲーム……トライアル?」


「スマホにいれたんでしょ、あのアプリを」


 彼女の指さした先、僕の手にはスマホが握られたままになっていて(それまで僕は自分がスマホを手にしたままだったってことに気付かなかった)、改めてスマホを見れば、そこには七人の人間の顔写真と名前が並んでいた。


 黒崎零士。

 篠原梨花。

 緒方翔。

 熊谷庄司。

 矢立海斗。

 藤原美月。

 そして――僕、佐倉悠真。


「……これは」


 藤原さんも同じように、自分のスマホを確認してから、

「……これが今回のゲームの参加者。あなた――佐倉くんは初参加なんだね」


 よかった、とどこか安堵したように胸を撫で下ろす藤原さんの姿に、けれど僕はなにがなんだかわけが解らなかった。


 今度は僕の方が混乱し、慌てる番だ。


「な、なんだよ、これ。マーダーゲーム……殺人ゲームって、ただのソシャゲじゃなかったのか? まさか、本当に? こんな馬鹿なこと、あるはずが……ここって、VRゲームか何かの世界? 仮想現実?」


 そんな僕の望みに対して、しかし、藤原さんは首を横に振った。


「違うよ」

 そして憐れむような瞳で、僕を見つめる。

「ここは、仮想現実なんかじゃない。どういうわけかは知らないけれど、私たちの住んでいる世界とは別のどこか」


「別のどこか……?」


 受け入れがたい話だった。非現実的な話だった。


 仮想現実でないのだとしたら、ここは、ここは――?


 藤原さんは少しばかり身体を震わせながら、僕に向かって言い放った。


「私たち参加者は、ここで、本当の殺し合いをしなきゃならないの」

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