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マーダーゲーム・トライアル  作者: ノムラユーリ(野村勇輔)
Stage2 密林の覇者

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第8回

   8


 心臓がどくどくと早鐘を打つ。息が荒くなり、体の震えが止まらなかった。


 弾倉に弾を込めた指先の痛みを思い出し、改めてセーフティーを確認する。


 静かに前を進む零士さんの背中を見ながら、僕は反対側の林から回り込む高瀬に思考を巡らせた。


 高瀬が、すでに人を殺している。


 それが、どうしても頭から離れてくれなかった。


 信じられなかった。


 あの高瀬が。


 いつも同じ講義を受けていた、あの金髪イケメン野郎が。


 人を、殺した――?


「集中しろ」


 不意に前方から声がして、僕はハッと我に返る。


 見れば、零士さんが鋭い視線を僕に向けていた。


 その視線が、僕の身体を痛いほど突き刺してくる。


「死にたくなければ、殺す気で行け」


「す、すみません……」


「気になることがあるなら、このステージを生き残って、本人に直接確かめるんだな」


「――は、はい」


 そうだ、生き残るんだ。


 僕だって、できれば人殺しなんてしたくはない。


 けれど、昨夜の岡野の件がある。


 明らかにあの竜人たちを従えている様子の相葉と山下のことがある。


 もしこの先殺し合いが始まるのだとしたら――僕は、自分が生き残るために、相葉か山下のどちらかを殺さなければならないかもしれないのだ。


「安心しろ」


「……えっ」


「殺人者を殺すのは俺様だ。裕ちゃんは、とにかく生き残ることを優先しな」


「で、でも」


「勘違いすんなよ? 俺様が欲しいのは、ポイントさ」


「――えっ」


「願いを叶えるために、俺は殺人者を殺してるんだ」


「……願い。零士さんの願いって、なんなんですか?」


 すると、零士さんはにやりと笑んで、

「――ひ・み・つ」

 可愛らしい動作で、人差し指を口元に立ててみせた。


 その姿はあまりにも滑稽で、場違いなことに思わず笑ってしまいそうだった。


「なんですか、それ」


「……どうしても知りたかったら、全部終わったあとでな」


 そんな零士さんに、僕はふうっと息を吐いた。


 零士さんの心遣いに、感謝する。


 こんなに怪しげなおじさんなのに、その芯には確かなものを僕は感じる。


「――約束ですよ」


「もちろん。さぁ、行くぞ」


 気が付けば、僕らはあの城のすぐ脇まで辿り着いていた。


 僕らはそこに竜人たちが控えている可能性を考慮しつつ、十分に注意しながら密林から薄暗い広場に出た。


 そこから城の壁面に沿って、左側に足音をひそめながらゆっくり向かう。


「――他の奴らの居場所は? あなたなら知ってるんでしょ?」


 女の声が微かに聞こえる。恐らく山下由紀のものだろう。その声は、まるでアニメのヒロインを演じる声優のような、わざとらしい甘ったるさがあった。


 零士さんと僕は、忍び足で慎重に先を進む。


「知らねぇなぁ」岡野の低い声。「もうすでにそこまで来てるんじゃねぇか? お前らをぶち殺すためにな」


「そうなったって問題ないわね。だって、あたしたちには優秀な兵士たちがいるんですもの」


 ほら、と山下が口にした途端、しゃきん、と鉄の擦れる音が聞こえた。


 一瞬、ついに岡野が殺されたのか、と思ったけれど、


「……アイツらは銃を持ってんだぞ。大したことねぇよ、こんな奴ら」


「なに言ってんの? その大したことない奴らに掴まってるのはいったいだぁれ?」


 ケラケラ笑う山下の声に、僕はどこか聞き覚えのある響きを感じた。


「……ん?」

 思わず首を傾げて、僕はふと立ち止まり、改めて耳を澄ませてみる。


「強がったってムダムダ! いいの? 本当のこと教えてくんないと、こいつらがアンタをお仕置きしちゃうんだよ? そのふっとい首だって、一瞬でちょん切れちゃうんだよ? わかってんの?」


「――できるもんなら、やってみろや」


 それに対して、山下はしばらく黙りこくると、怒り狂ったようなその声で、

「もういい! ねぇ、こんなやつ、さっさと殺しちゃいましょうよ! これ以上生かしといても時間の無駄よ!」


「……そうだね」

 どこかか細い感じの男の声。これが相葉昴の声であるのは間違いないだろう。

「ルナちゃんがそう言うんなら、もう、殺しちゃおっかぁ」


 ――ルナちゃん。


 その名前と、山下のその声に、僕はようやくそれを思い出す。


「配信者」


 呟く僕に、

「……あ? なんだって?」

 零士さんが足を止めて振り向いた。


「あの山下って女、ゲーム配信者のルナですよ」


「……ルナ? 山下じゃなくて?」


「ルナってのはゲーム配信をするときの名前です」


 ――そうか、そうだったんだ。


 思い出した、このゲームを。


『Savage Crown』


 広大なフィールドを舞台に繰り広げられる狩りや戦闘、領土の奪い合いを主体としたオンラインゲームだ。


 何度か彼女のゲーム配信を見たことがあるけれど、このステージはそのゲームのジャングルのエリアと全く同じなのだ。


 あの竜人も、そのジャングルに生息している種族だったはずだ。


 その種族を従えるのに必要なアイテムがあって、それは確か、男女が対で身に着ける必要のある装備品だったはずだ。


 確か、男性が『覇王の戦裙』。


 それと、女性が『華焔の秘装』。


 これらを装備したふたりがいて、初めて竜人たちは命令をきくようになるんじゃなかっただろうか。


 それを零士さんに伝えると、零士さんは「ふむふむ」とごましお髭に手をあてて、

「――ってこたぁ、あの山下が今回の殺人者ってことか?」


「たぶん、その可能性が高いんじゃないかなって」


 装備品はふたつ揃って初めて効力を発揮する。


 あのふたりの様子を見るに、主導権は如何にも山下由紀――ルナのほうにあるようだ。


 だとすれば、このステージの殺人者は山下のほうだ。


「そうと判れば、さっさと終わらせちまおう、このステージを」


「……はい!」

 僕は頷き、再び零士さんと並んで歩く。


 至る所に建つワニの牙を模したオブジェの影に隠れながら進むと、やがて階段のすぐ脇に辿り着いた。


 周囲を見回し、どうやら竜人たちは階段の前を守るようにしか配置されていないことに気付く。


 どうやら岡野が昨日のうちに相当数の竜人を始末していたのは間違いないらしい。


 僕らは斜め上に見える山下と相葉、そしてふたりの眼下の広場でくつくつ嗤っている岡野に視線をやった。


 さて、あとはここからどうやってこの階段を昇るかだ。


 さすがに堂々と昇るわけにもいかないだろう。あのふたりに気付かれでもしたら、並んでいる竜人たちが僕たちに一斉に襲い掛かってくるのは目に見えている。


「……どうします?」


「さぁて、どうしよっかなぁ」

 零士さんはそんなことを口にしつつ、

「まぁ、あとはアイツがなんとかしてくれんだろ」


 ちょうど僕らの身を潜めている物陰とは反対側を指で示した零士さん。


 見れば、向こう側の物陰に高瀬が僕らと同じように隠れており、こちらをじっと見つめている。


 高瀬は物陰から鋭い視線を投げ、銃を握る手に力を込めながら、僕らにジェスチャーで指示を送ってくる。


 その動きから、どうやら高瀬が竜人を撃ち殺すから、その混乱に乗じて階段を駆け上がれ、ということらしい。


「……いいねぇ、自ら囮になってくれるだなんて、優しいじゃない」


「でも、それだと高瀬が集中的に狙われるんじゃ」


「そうはならんさ」


「どういう――」

 ことかと聞こうとした、その瞬間。



 ――パンッ! パンッ!



 高瀬が手近の竜人に向かって、発砲したのである。


 その弾は見事に竜人の後頭部に直撃し、ばたりと倒れてぴくぴくと痙攣する。


「だ、誰だ!」

 相葉の慌てたような声。


「アイツよ! あの若い男!」

「命令だ! アイツを殺せ!」


 相葉の命令に従って、並んでいた竜人たちが一斉に高瀬に向かって駆け出した。


 高瀬が何度も発砲しながら逃げ出すのを見ながら、今度は零士さんが階段を駆け上がり始める。


「えっ! えぇっ!」

 僕も慌ててそのあとを追う。


 零士さんは階段を駆け上がりながら銃を構え、岡野を取り押さえていた竜人の一匹を見事に撃ち殺して見せた。


 瞬間、岡野が飛び跳ねるように立ち上がると、撃ち殺された竜人の落とした偃月刀を一瞬にして拾い上げ、戸惑う二匹目の竜人に向かってその刃を突き立てる。


 深々と刃を胸に突き立てられた竜人はぐらりと倒れて階段を転げ落ちていく。


「な、囮っ? スバル! なんとかして!」

「お前ら! そいつはいい! こいつらを殺せ!」


 相葉の号令に、高瀬を追いかけていた竜人たちが猛然とこちらに向かって走り出した。


 偃月刀を振り回し、唸り声をあげながら、竜人たちはあっという間に階段を駆け上がってくる。


 岡野は奴らがここまで辿り着く前に三匹目の竜人にタックルを喰らわせる。


 よろめく竜人から偃月刀を奪い取ると、岡野はそのままその竜人の頭部を綺麗にスパリと斬り落としてみせたのだった。


 僕と零士さんも、迫りくる竜人たちに銃を撃ちつつ、階段を駆け上がる。


 そんな僕らに苦渋の表情を浮かべながら、城の奥へと逃げ込んでいく山下と相葉。


 僕らもそんなふたりを追いかけようと、さらに階段を駆け上がろうとしたのだけれど、思っていたよりも下から駆けあがってくる竜人たちのほうが早かった。


「ひとりでなんとかなりそうか?」

 仁王立ちする岡野のところまで辿り着いた時、零士さんが岡野に訊ねた。


 岡野は偃月刀を構えながら、

「……さて、どうかな?」

 含み笑いで口にする。


 すると、零士さんは僕に顔を向けて、

「――行け、裕ちゃん」

 思わぬ言葉を口にした。


「え、えぇ? 僕ですか?」


「お前さんには、この数を相手にするのは無理だろう?」


「で、でも――」


「ここは岡野と俺に任せて、早く行け。このステージを終わらせてこい」


「そ、そんなこといわれても……!」


「他に誰がいる! 早く行け!」


 零士さんの鬼のような剣幕に、僕は一瞬たじろぎ、


「わ、わかりました!」


 僕は銃を握り直し、迫りくる竜人たちの動きをちらりと確認しながら、残りの階段を一気に駆け上がった。

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