第7回
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密林を抜けた先に建っていたのは、巨大な石造りの城だった。
たぶん、城と表現したほうがわかりやすいと思う。
城と言っても西洋や日本のような城ではない。
精巧な装飾の施された荘厳な建物。
それはパルテノン神殿のようでもあり、アンコールワットのようでもあり、所々にワニの牙を模したような巨大なオブジェがいくつも建っていた。
四角く整地されたそこには中央を城に向かって広い道が貫いており、その両側にはあの竜人たちが偃月刀を片手にずらりと左右二列に並んでいる。
その道の先、大きく口を開いた城の前には長い階段があって、その階段の先にふたつの椅子が設けられていた。
右側の椅子に腰かけているのは男だった。彼は――相葉昴は優雅に座りながらひじ掛けに右ひじを突きながら頬杖をつき、写真では目深まで伸びていた長い前髪を上げて後ろで小さく束ねていた。上半身は裸で、腰にだけ荘厳なデザインの腰蓑のようなものを穿いている。
左側の椅子に視線をやれば、そこにはもうひとり、あの山下由紀の姿があった。彼女はほぼ裸と言っても差し支えないようなほど肌の露出した、これもまた色とりどりの花や宝石の散りばめられたビキニのような服を身にまとっている。
さらにそんなふたりのやや下方には、小さな踊り場のようにひらけた場所があり、さんにんの竜人に取り押さえられた岡野らしい後ろ姿がそこにはあった。
ふたりはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべたまま、竜人たちの太い腕から抜け出そうともがく岡野を見下ろしている。
僕らはそんな彼らを、草葉の間から様子を窺う。
「なんだよ、アイツ。結局掴まってんじゃねぇか」
零士さんがあのふたりと同じように、ニヤニヤしながら口にした。
「皆殺しにしてやったって嘯いてやがったけど、このざまか」
「それにしても、アレはいったいどういうことだ?」
高瀬が不思議そうに首を傾げる。
「なんで相葉と山下が一緒に並んでる。あの格好はいったいなんなんだ?」
「王様と、女王様、なんじゃない?」
「あの蛇野郎どものか?」
「そうなんじゃないですか? あの様子だと」
「だとしたら、あの蛇野郎ども、あのふたりの命令通りに動くってことだよな」
「まぁ、たぶん」
そこで零士さんが珍しく渋面をつくり、
「――めんどくせぇな。さすがにあの数を相手にするのはキツいぞ」
「じゃぁ、どうするんだ?」
高瀬が口を尖らせるように、
「なんとか気づかれないように接近して、撃ち殺すか?」
「その方がいいだろうが――問題はどっちが殺人者かってことだ」
確かに、今この状況下だと、相葉と山下のどちらが殺人者なのか判らない。
「ふたりともってことは?」
高瀬が訊ねれば、零士さんは小さく唸り、
「これまでのゲームで殺人者がふたりいたことはない。ない、が――」
「明確なルールが、わからない?」
僕が口にすると、零士さんは小さくため息を吐いてから、
「そうなんだよなぁ。あくまで、これまでのゲームで殺人者がひとりしかいなかったってだけでしかない。明確に殺人者はひとりってルールが存在するわけじゃない」
「気になってたんですけど、結局このゲームのルールってどうなってるんです? 誰か知ってるんですか?」
「そんなん、誰も知らねぇんじゃねぇか? そもそも、俺の知ってるルールも色んな奴らと話をすり合わせた結果論でしかないからな。今まで偉そうなこと言ってきたけど、俺だって明確なルールを知ってるわけじゃない」
「な、なんだよ、それ」高瀬は眉をひそめながら、「じゃぁ、誰なら解るんだよ、ちゃんとしたルールってやつをさ!」
すると零士さんは、「さぁて」と天を軽く仰いでから、
「――このアプリの製作者、或いはこのゲームの首謀者だけじゃないか?」
その言葉に、僕はごくりと唾を飲み込む。
「その首謀者に、誰か会ったことは……?」
「少なくとも、俺はないな。どこか別のところで殺し合いをしている俺たちを笑いながら傍観してるんじゃないか?」
「なんだよ、それ。性質悪ぃな」
「わからんぞ? 案外、俺たちプレイヤーに紛れ込んでる可能性だってあるんだ。それは誰にも解らんよ、たぶんな」
そんなことより、と零士さんはいま一度手にした拳銃を構えてから、
「今はとりあえず、なんとかして、あの城に近づくしかねぇな」
もしこのままあのふたりのどちらかであろう殺人者を仕留めに行くのだとしても、ふたりを守るようにして並ぶ屈強な竜人の兵たちが何匹も控えている。
昨夜対峙したあの岡野ですら捕まってしまっているのだから、僕たちだって竜人たちのあの数に、まともに立ち向かえるはずがない。
高瀬も小さく頷いてから、
「林の中を回り込むってことか? 結構距離あるぞ」
「まぁ、岡野がきっと時間稼ぎしてくれるさ、死ぬ前にさ」
「まさか、岡野を見捨てる気ですか?」
それはあまりにも酷すぎるんじゃ、と思ったけれど、昨夜あの男は僕らを殺しにかかったわけで、改めて自分の甘さに一瞬、嫌気が差す。
どうしてアイツを助ける必要がある? 命を心配する必要がある?
でも、それでも、僕は――
「……アイツもいっぱしの傭兵だったんだ。覚悟ぐらいできてんだろ」
「だ、だけど――」
いまだに優柔不断な思考の駆け巡る僕に、零士さんは呆れたようにため息を吐いた。
「――いいか、裕ちゃん。よく考えろ。アイツはそれが殺人者でなくても殺しに来るような厄介な男だ。もし生きていたら、今後参加する他のステージでも参加者として、あるいは殺人者として俺たちのまえに現れるかもしれない。昨夜相手にしてわかっただろ? 三人相手でも俺様達には仕留めることができなかったんだ。いつもこの三人が同じステージでゲームに参加するわけでもねぇ。もし次のゲームで俺たちふたりのいない中で、アイツと一緒にゲームに参加することになったとしたら、裕ちゃんはひとりでアイツを相手にできるのか?」
「……できません」
「なら、悪いがアイツにはここで殺されてもらわなきゃならねぇ。さもなきゃ、ついでにここで殺人者ごとアイツを仕留めておくかだ。殺したくない気持ちはわかるさ。殺す必要がないなら、俺だってそうしてる。けど、アイツの場合はわけが違う。殺せるチャンスがあるなら、そうしておくべきだ」
僕は高瀬に顔を向ける。
高瀬もその点に関しては零士さんと同意見らしく、神妙な面持ちで深く頷いたのだった。
――覚悟を決めろ。
そういうことか。
人を殺す、覚悟を――
だけど、そんなこと、僕に――
「そうと決まれば、いくぞ、ふたりとも。やれそうなら左右から二手に分かれよう。無理そうなら、このまま俺について来い」
「なら、俺があっちから回り込む」
高瀬が弾の装填を確認し、セーフティーを引く。
「できるか?」
「やってみる。その代わり、どっちが殺人者を仕留めても恨みっこなしで」
「怨まねぇよ。それより、いいのか、玲ちゃん」
「なにが」
「殺し」
「……これが初めてじゃないからな」
その言葉に、僕は一瞬、どきりとした。
高瀬が、すでに人を殺している?
あまりの驚愕に、僕は眼を見張り、高瀬を見つめる。
高瀬はいったい、何を言っているんだ?
これが、初めてじゃない? 人を殺すことが?
まさか、本気で言っているのか? そんなことを……!
高瀬はそんな僕に、すっと視線を逸らせてから、
「……佐倉は零士さんと行け。俺より銃を撃つの、下手くそなんだから」
「――あ、あぁ、わかった……」
またあとで、と僕らに背を向けて去っていく高瀬に、僕はごくりと唾を飲み込む。
あの高瀬が、人を――?




