第6回
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岡野の襲撃から一夜が明けた。
僕はあまりの眠さに朦朧とする意識の中で、無理にでも立ち上がって大きく身体を伸ばす。わずかばかりの眠気を払い除け、高瀬の方に顔を向けた。
高瀬も眠れない夜を過ごし、さぞ疲弊しているだろう、と思ったのだけれど。
「――結局、なんもなかったな」
特にそんな素振りを見せることもなく、高瀬は平然と言ってのけるのだった。
「……なんだよ、そんな変な顔して」
きょとんとしながら僕の疲れ切った顔を見つめる高瀬に、僕は口をへの字に曲げてから、
「お前、よく平気な顔してんな。眠くないのか?」
「ああ? オールなんて余裕だろうが」
「僕は眠くてたまらない」
「そうか、お前付き合い悪いからな。遊びに誘っても来てくれないもんな」
「家でゲームしてる方が楽しい人間だからな」
「ゲームしてるんだったら、徹夜でクリア目指したりすんだろ」
「しないよ、僕は。夜は寝たいほうだから」
「徹底してんな。寝てる時間がもったいなくないか? もっと遊べるだろ」
「僕は健康的に生きたいんだよ」
「ふ~ん? ま、いいけど」
なんて話をしている横から、
「――ゲームか?」
零士さんが相変わらず周囲に気を配りながら、
「裕ちゃん、ゲームはよくやんの?」
「あぁ、はい。でも、据え置き機ですよ。ソシャゲもオンラインもやってません」
「この世界によく似たゲームとか、やったことあるか?」
「ええ? そうですねぇ――」
だだっ広い密林。
偃月刀を持って襲い掛かってくる原住民としてのワニ一族。
密林の中に佇むこの神殿。
どこかで見たことがあるような気はするのだけれど……
「すみません、わかりません。僕がするゲームって、ロープレばっかだから。ゲーム実況の配信とかではもしかしたら見てるかもしれないけど……今のところ、なんのゲームかまでは、ちょっと」
「なるほど、そうか。なら、殺人者は裕ちゃんじゃないな」
カチャッと音が聞こえて視線をやれば、どうやら零士さんは僕に銃口を向けていたようだった。
それに気づいた途端、僕の眠気は一気に吹き飛ぶ。
「――れ、零士さんっ?」
「悪かったな。けど、そういうもんなんだよ。殺人者自身も、自分が殺人者だってことに気づいていない場合がある。だから、いつまで経ってもゲームが終わらないってことが前に一、二回あってな。一応、確認しておきたかったんだ」
それって、つまり――
「もし僕が殺人者だったら……」
「殺してた。悪いけどな」
「こ、このオヤジ!」
かちゃり、と今度は僕の隣で音がした。
高瀬が零士さんに向かって、銃を構えていたのである。
「お、おい、高瀬!」
僕は慌てて高瀬の構える銃を下におろさせた。
「いいよ、わかってるから」
「なに言ってんだ、佐倉! こいつはお前を殺す気だったんだぞ! やっぱ信用できねぇ!」
「信用とか、そういう問題じゃないだろ」
「あぁ? なに言ってんだ、お前は!」
「ゲームを終わらせるには、そうするしかない。そういうことですよね、零士さん」
すると零士さんは小さく息を吐いてから、
「――わかってんじゃない」
ニヤリと笑んだ。
それがこのゲームのルールなのだから、しかたがない。
殺されるのは嫌だけれど、もし僕が殺人者なのだとして、このゲームを終わらせる他の道は、高瀬や零士さん、そして岡野と他ふたりの参加者を僕が皆殺しにする必要があるわけで。
……そんなこと、到底できるはずもない。
そうなると、選択肢はひとつだけだ。
――僕が、死ぬこと。
理屈では判っているのに、でもやっぱり、そんな結論にも現実味は全くなくて、ぼんやりとした恐怖とその非現実感に僕の心と身体が連動していないようだった。
……死ぬなんて、口で言うのは簡単だ。
頭で理屈をこねまわしたところで、どうにも僕にはこのゲームそのものが、まるでテレビゲームか何かをしているような不思議な感覚に陥っているのだ。
死ぬのは怖い。
死とはゲームオーバーのことだ。
だから、ゲームオーバーにならないよう、僕は立ち振る舞っているだけにすぎないのだ。
けれど、テレビゲームでのゲームオーバーは、現実の死には直結しない。
その感覚がいまだ頭の中をぐるぐると駆け巡り、僕にとってこの『マーダーゲーム・トライアル』は、いまだにテレビゲームの延長線上にあるもののような気がしてならないのだ。
これだけ五感で感じていて、前のステージでは失禁するくらいの恐怖を味わったというのに、それでもなお……
あるいは、僕の感覚が麻痺しておかしくなっているのだろうか。
あまりにも非現実的なことが続くあまり、脳がそれを拒絶している。
そう考えるのが、一番しっくりするような気がしてならなかった。
「さて、岡野の他に、残る参加者は山下由紀、相葉昴のふたりだな。このふたりもこのジャングルのどこかに身を潜めているってことだ。で、どちらかが殺人者」
「もしかしたら、岡野にふたりとも殺されてる可能性は? 岡野が殺人者で」
「それはないだろう」と零士さんは拳銃の装弾を確認して、「恐らくだが、もし岡野がこの世界のことを解っていたら、あの蛇野郎どもをワニとは言わず、何らかの固有名詞で呼びそうなものじゃないか? 例えば、ゲームの中での種族の名前、とかな。もちろん、アイツがそんな種族名すら気にせずゲームをやってたりしたら解らんけど。少なくとも、俺様はやっぱり、この世界はあいつの記憶からじゃないと思うね」
「なら、殺人者は山下と相葉のどちらか?」
「じゃないか? 写真で見る限り、こいつらはふたりともお前達くらいに若そうだ。このステージに反映されているテレビゲームか何かに触れている可能性が高いんじゃないか?」
「山下と、相葉……」
僕は改めて、アプリに表示されているふたりの顔を確認する。
相葉昴は目深まで髪の伸びた、僕なんかよりよっぽどオタクのような見た目の青年。
もうひとりの女の子、山下由紀は、髪の一部をピンクに染めた、可愛らしい感じの陽キャな印象だ。
この写真を頼りにするならば、一見して相葉のほうが今回の殺人者なんじゃないかって気がするけれども……それは早計というものだろうか。
その時だった。
どこからともなく、ドンドコドンドコと太鼓を打ち鳴らすような音が聞こえてきたのである。
その音は地を揺るがし、空気を震わせる。
「なんだよ、この音!」
高瀬が再び拳銃を構え、辺りを見回す。
僕も急いで拳銃を取り出すと、
「れ、零士さん!」
眉をひそめる零士さんに声をかけた。
零士さんはかちゃりと拳銃を構えると、
「――あっちだな」
ここからでも見えるひと際高い巨木の方へ、駆け出したのだった。




