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マーダーゲーム・トライアル  作者: ノムラユーリ(野村勇輔)
Real World1 バスターミナル

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第1回

   ***


 瞼を開くと、目の前にはたくさんの人たちが並んでいた。


 バスの遅延を知らせるターミナルの放送が辺りに響き渡り、エンジン音や走行音、バスを待つ人々の話し声が至る所から聞こえてくる。


 ――これは、帰ってきたってことなのか?


 僕は慌てるようにスマホを取り出し、日付と時刻を確認した。


 不思議なことに、そこに表示されていた時刻は、僕があの『マーダーゲーム・トライアル』のアプリを起動した時と、数分も進んでいなかった。


 或いはこのスマホがおかしいのか、とターミナルの壁に設置されたデジタル時計に顔をやれば、やはりそこにはスマホと同じ時刻が表示されている。


 もしかして、さっきまでのアレは、夢、だったとか?


 あのアプリを起動しながら、僕は妄想の世界に耽っていたとでもいうのだろうか。


 疑問に思いながら、僕は数人先に並んでいるはずの藤原さん――いや、もしかしたら、それすらも僕の妄想した彼女の名前なのかもしれない――に視線を向けた。


 けれど、

「……あれ?」


 そこに、あの茶色い髪の女の子の姿は、どこにもなかったのだった。


 まさか、あの女の子すら、僕の創り出した妄想の産物だったとでもいうのだろうか。


 あまりのことに困惑しているなか、低いエンジン音が近づいてきた。


 多くの人が待ち侘びていたバスが、僕の並ぶ乗り場に入ってきたのだ。


 停車したバスの扉が開き、ようやく列が動き始める。


 僕も足元に置いていたバックパックを背負い直すと、前の人たちに続くようにして足を進めた。


 そうしてバスに乗ろうとした、その時だった。


『――待ってて』


 突然、藤原さんのあの声が脳裏に浮かび、僕は思わず足を止めた。


 その途端、後ろに並んでいた人が、どんっと僕の背中にぶち当たった。


 振り向けば、「おい、なにしてんだ、早く乗れ!」と顔で訴えかけてくるおじさんが。


「す、すみません」

 僕は改めてバスに乗り込もうと、ステップに足を乗せたところで、

「――ご、ごめんなさい!」


 そんなおじさんの脇を抜けるようにして列から抜け出し、バスターミナルの乗り場脇へと足早に戻ったのだった。


「ちっ」と忌々しそうに舌打ちするおじさんは僕をひと睨みすると、ぶつくさ文句を垂れながら、それでも大人しくバスに乗り込んだ。


 あっという間にバスは満員になり、僕の目の前で発車する。


 僕はそれを見送りながら、深い深いため息を漏らした。


 いったい僕は、何を考えているのだろうか。


 どうしてあのバスに乗らなかったのだろうか。


 あんな僕の妄想の声に従うだなんて、僕はいったい、どうしてしまったのだろう。


 僕はさらに大きくため息を吐くと、今一度スマホを取り出した。


 表示された画面に並ぶアプリの中から、『マーダーゲーム・トライアル』のアイコンを長押しする。


 こんなアプリをダウンロードしてしまったのがいけなかったのだ。


 こいつのせいで、僕はあんな訳のわからない妄想に耽ってしまったのに違いない。


 僕はそのアプリを削除しようと項目を開いて、

「……あれ?」

 そこに『削除』の文字がないことに首を傾げた。


 試しに他のアプリが削除できるか項目を開いて確認すれば、普通に『削除』の文字が表示される。


「……なんで?」


 僕はもう一度『マーダーゲーム・トライアル』のアイコンをタップして、項目を開いてみる。


 何度項目を開いてみても、やはりそこには『削除』の文字なんて表示されなくて。


「……無駄だよ」


 すぐ後ろから声がして振り向けば、そこには藤原さんの姿があって、僕を見上げるようにして立っていた。


 藤原さんは、白いふわりとしたシャツはそのままに、なぜかジャージの長パンツを穿いている。


「あたしも、何度もアプリを消そうとしてみたの。けど、消せなかった」


 そんな彼女に、僕は、

「ふ、ふじわら、さん……?」

 確かめるように訊ねると、藤原さんはこくりと小さく頷いて、

「――夢なんかじゃないよ。あたしたち、確かにあの世界で殺されかけたの」


「そ、そんな……」


 たじろぐ僕に、藤原さんはおもむろに手にしていたビニール袋を差し出してくる。


 いったい、何を僕にくれるのだろう、と思っていると、

「下着とジャージ。下着はそこのコンビニで買ってきたの。ジャージはあたしのだけど、今はこれで我慢してくれる?」


 どういう意味だろう、と僕は最初その意味することが理解できなかった。


 けれど、そう言えば緒方と取っ組み合ったあのあと、僕は無意識のうちに失禁していたわけで……


 慌てて穿いているジーンズに視線を落とせば、僕の股間はぐっしょり濡れているのが一目でわかった。


 藤原さんがあのとき『待ってて』と僕にいったのは、多分、こういうことだったのだ。


「あ、ありがとう……」


 僕は素直にそれを受け取ると、一度パンツを穿き替えるべく、急いで男子トイレへとダッシュした。


 藤原さんにはあとで下着の代金を返さないと、と思いながら、少し大きめのトランクスを穿き、明らかにウェストのサイズが合わないジャージの短パンに足を通した。


 脱いだジーンズと下着はビニール袋の中に放り込んで固く閉じ、バックパックの中にしまい込む。


 トイレの鏡で確認すれば、なんだか妙な姿の僕がいた。


 けど、あんな小便に濡れたジーンズを穿き続けるよりはずっとマシだ。


 僕はトイレをあとにすると、待合所で座って待っている藤原さんのもとへ足を向けた。


「あ、おかえりなさい」

 藤原さんは、待合室の椅子に座ったまま僕を見上げて、

「下着、大丈夫だった? 念の為に、少し大きめのにしといたんだけど……」


「あ、あぁ、大丈夫、ありがとう」

 僕はバックパックに手を突っ込み、財布を取り出しながら、

「そんなことより、下着の代金を……」


 すると藤原さんは、両手を小さく振りながら、

「いいよいいよ! あたしのこと、助けてくれたでしょ? だから、これはせめてものお礼だと思って、ね?」


「いや、でも――うん、わかった」


 それから藤原さんはこくりと頷くと、彼女の隣の席をぽんぽん叩いて座るよう僕を促す。


 僕はなんとなく嬉しいような、恥ずかしいような思いのなか、素直に彼女の隣に腰を下ろした。


「……びっくりしたよね?」


「あ、あぁ。まさか、あんなことになるだなんて」


「あたしも、最初はそうだった。アレが現実に起こったことだなんて、とても信じられなかった。けど……あれは間違いなく、現実に起こった出来事なんだよ」


「……うん」


 認めたくなかったけれど、こうして藤原さんとあのマーダーゲームの話をしているのだから、僕はアレが現実であることを認めざるを得なかった。


「あたしはこれで4回目のゲームだったの。だから、念の為に着替えを用意しておいたんだ」


「え?」


 着替え?


 僕はふと藤原さんのジャージの長パンツと僕の穿く短パンを見比べてからそれを察し、


「……あ、あぁ、おかげで助かったよ、ありがとう。ごめん、ちょっと情けなかったね」


「しかたがないよ」

 藤原さんは、そう自分にも言い聞かせるように、

「あんな怖い思いしたら、誰だってお漏らししちゃうに決まってるじゃない」


 そんなはっきり口にされると、僕もどう返事をすればいいのかわからなかった。


 僕はなるべくそこから話題を変えるべく、口を開いた。


「そ、それにしても、すごかったね、零士さんと篠原さん。あのふたり、いったい何者なんだろう。藤原さんはどれくらい知ってるの、あのふたりのこと」


 すると、藤原さんは静かにため息を吐いてから、

「――あのね、悠真くん」

 突然苗字ではなく、下の名前で僕を呼んだ。


「え、あ、な、なに?」


 すると藤原さんは、僕の顔をじっと強く見つめながら、


「――あのふたりのこと、絶対に、信じたらダメだからね」


 はっきりと、そう口にしたのだった。

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