【星降る夜、断崖の祠の前にて】
火の粉が静かに舞い、空は深く、静まり返っていた。
風が止み、フローレンがふと過去を思い出したように語り始める。
フローレン
「……そういえば、ずっと昔。魔族の村で、“もっとも美しい者”だけが使える魔法があったの」
フィビアス
「“美しさ”で……? それって、見た目で選ばれるってことですか?」
フローレン
「表面上はね。でも、実際にその魔法に選ばれたのは……“歪んだ顔の老婆”だったわ」
シュペルク
「え? それ、バグってるんじゃ……?」
フローレン
「違うのよ。魔族にとって“美しさ”とは、“効率のよさ”や“狡猾さ”や“恐怖を植えつける力”と同義。
だから外見がどうであろうと、戦いに長けていて、他者を操る知性をもつ者こそ“美しい”とされた」
フィビアス
「人間の基準とは真逆ですね……」
フローレン
「それだけじゃない。その老婆、“美の試練”で若く見せようとして顔を整えた者たちを片っ端から潰したの。
“偽りの美など、実力の前では無価値”ってね」
シュペルク
「それってつまり、“見た目”に頼るなってことか……。いや、でも怖ぇなそのババア……」
フローレン
「“魔族の中で一番美しい”と恐れられ、そして、誰からも恋慕されることはなかった。
でも彼女自身は、誇り高く笑っていたわ。“私は誰よりも完成された存在だ”って」
フィビアス
「人間の“美しさ”が、内面の豊かさや優しさに重ねられるなら……
魔族のそれは、恐ろしくも合理的な“力”と一致しているのかもしれませんね」
フローレン
「そうね。でも……それでも彼女の目は、最後の瞬間だけ、どこか寂しそうだった。
“誰にも優しさを向けられたことがない”という孤独は、美しく整った力よりも重いのよ」
風が戻ってきた。焚き火がふっと揺れ、フローレンの言葉が闇の中へ溶けていった。
シュペルク
「……じゃあ、やっぱ“ちょっと不細工でも、笑ってくれる子”のほうが……」
フィビアス
「その考え、魔族の老婆に聞かせてあげたいですね。確実に潰されますよ、あなた」
フローレン
「ふふ……でも、いいのよ。人間には、人間なりの“美しさ”があるってことで」