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第12章 第2章:パズルを解く魔法


フィビアス: 「……フローレン様、報告します。前方、垂直角85度。ホールドとなりそうな突起は、ここから2メートル上方に集中していますが、そこに至るまでの数メートルが完全に滑らかです。私の身長では手が届きませんし、シュペルクの筋力をもってしても、この傾斜で体を保持し続けるのは不可能です。……詰みましたね。やはり飛行魔法の許可を。」


フローレン: 「うーん、そうかな。フィビアス、よく見て。岩の表面に、細い筋のような影が見えるでしょ? あれは単なる模様じゃない。数千年の風雨が刻んだ『クラック(亀裂)』だよ。エルフの目から見れば、あれは道に見える。」


シュペルク: 「道? あれがですか? 爪先も入らなそうな隙間ですよ! 俺の斧なら叩き込めるかもしれないけど、そんなことしたらこの岩壁ごと崩れ落ちますって!」


フローレン: 「斧は使わないで、シュペルク。重いし、うるさいから。……いいかい、クライマーにとって、岩壁は力でねじ伏せる対象じゃない。対話して、その隙間に自分を適合させるパズルなんだ。彼らはこの状況を『ボルダリング的課題』と呼ぶ。筋力だけでは突破できない場所にこそ、知性の介入する余地があるんだよ。」


フィビアス: 「知性、ですか。魔法の構築と同じですね。無闇に魔力を放出するのではなく、最小限の構成で最大の効果を得る。ですが、この絶壁でどうやってそれを?」


フローレン: 「ジャミング、という技術があるんだ。自分の手や指を、あえてその狭い亀裂の中に捻じ込む。形を変えて、岩の一部になる。……かつて私が出会ったクライマーは言っていた。『自分の体を道具に変えるんだ』って。彼は指の第一関節だけで自分の体重を支えながら、まるで作図でもするかのように、次に動かすべき筋肉の順番を計算していたよ。彼は魔法使いではなかったけれど、その思考プロセスは、多層防御魔法の術式を解体する時の私と、驚くほど似ていたんだ。」


シュペルク: 「自分の体を、道具に変える……。……やってみますよ。フローレン様がそこまで言うなら。ええと、この隙間に手を突っ込んで、こう、捻る……? っ! 痛っ! 岩が食い込んで……!」


フローレン: 「そう、その痛みは岩と君が噛み合っている証拠。いいよ、シュペルク。そこで止まって。次は右足を、さっき私が教えたあの小さな突起に乗せて。……いい? クライマーがなぜこれほどまでにロジカルシンキングを重視するか分かる? それは、極限状態では『感情』が一番のノイズになるからだよ。 『怖い』『痛い』『帰りたい』。そんな感情に脳のメモリを割いていたら、正しいムーブ……動きの選択ができなくなる。彼らはあえて自分を機械化するんだ。右手をA地点からB地点へ移動させる。そのための重心移動は左に15度。そうやって、すべてを数値化して処理する。」


フィビアス: 「……なるほど。感情を排して、物理現象として自分を捉えるのですね。シュペルク、今のあなたの姿勢、左側の筋肉が過度に緊張しています。重心をあと数センチ下げなさい。そうすれば、その『ジャミング』とやらの負担が減るはずです。」


シュペルク: 「お、お前……言うのは簡単だけどな! ……あ、本当だ。少し楽になった。……すごいな、パズルみたいだ。さっきまで絶望的に見えていた壁が、なんだか攻略本を読んでるみたいに、次の『一手』が見えてくる……。」


フローレン: 「それがクライミングの本質だよ。自律性の高い人間は、困難に直面した時に『誰かが助けてくれる』と考える代わりに、『どのピースを動かせば状況が変わるか』を考える。彼らにとって、壁は自分を閉じ込める牢獄ではなく、自分の知性を証明するためのフィールドなんだ。……1000年生きているとね、魔法で大抵のことは解決できちゃう。でも、魔法を使わずに自分の知恵と身体だけで、この巨大な自然の造形を読み解いていくのは、とても贅沢な遊びだと思わない?」


フィビアス: 「贅沢、ですか。……確かに、飛行魔法で一瞬で通り過ぎてしまえば、この岩肌の美しい模様も、風の読み方も、知ることはなかったでしょうね。……シュペルク、次はあちらのクラックに左手を。私が下から角度を指示します。あなたは私の言う通りに『部品』として動きなさい。」


シュペルク: 「部品って言うな! ……でも、分かったよ。フィビアス、お前の冷静な指示は頼りになる。俺は今、戦士シュペルクじゃない。この壁を攻略するための、頑丈な『くさび』だ!」


フローレン: 「いい調子。……見て、雲が切れてきた。上の方には、もっと面白いパズルが待っていそうだよ。 魔法オタクの私から見ても、この壁の構造は実に美しい。次はどんなムーブで私たちを驚かせてくれるかな、シュペルク。」


シュペルク: 「へへっ、任せてくださいよ! なんだか楽しくなってきました。……あ、でもフローレン様、あのミミックに似た岩、やっぱり宝箱に見えませんか? 中にすごい魔導書とか入ってたり……」


フィビアス: 「フローレン様、行かせないでください。あれに触れたら、彼の『自己効力感』ごと落下します。」


フローレン: 「……。……少しだけ、見てきてもいいかな?」


フィビアス: 「……だめです。登りますよ。」

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