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第8章:言葉の重力 ―― 夏目漱石と不条理の文学


【場所:北側諸国・シュヴェーア山脈の山小屋】


(外は猛烈な吹雪。視界は数メートル先も見えず、一行は古びた山小屋で足止めを食らっていた。暖炉の火が爆ぜる音だけが、沈黙を埋めている)


シュペルク:「……なあ、この吹雪、いつ止むんだよ。もう丸一日、この狭い小屋に閉じ込められてるぜ。食料だってそんなに余裕があるわけじゃないし、なんだか……あきらめたくなってくるな」


フィビアス:「シュペルク様、食べ物の心配なら、あと三日は持ちます。それに、自然の猛威に対してあきらめるのは、先日の市場での教訓ではありませんでしたか?」


シュペルク:「わかってるけどよ……。何もしないでじっとしてるってのが、戦士としては一番落ち着かないんだよ。フローレン様、さっきから何読んでるんだ? そのボロボロの古本」


フローレン:「……これ? これは、かつて勇者ヒンメルが大切にしていた、ある人間の文豪の作品集だよ。この地方の古い言語で書かれているけれど、今の言葉に訳すと……そうだな。**『諦観ていかん』**をテーマにした物語だね」


フィビアス:「ヒンメル様が……。どのような内容なのですか?」


フローレン:「主に、ある島国の文豪……ナツメ・ソウセキという人が書いたものだ。彼は、近代という時代の激流に翻弄される人間の孤独と、そこから生まれる『あきらめ』を、美しく、そして残酷に描き出したんだよ。特に彼が晩年に辿り着いた**『則天去私そくてんきょし』**という境地は、文学におけるあきらめの極致と言われている」


シュペルク:「ソクテンキョシ……。また難しそうな四文字熟語だな。どういう意味なんだ?」


フローレン:「『私心を捨て、天の理に従う』。つまり、自分のちっぽけなエゴや執着をあきらめて、この世界の大きな流れ、あるいは運命そのものに身を委ねる、ということだよ。彼は、人間が苦しむのは、自分ではどうにもできない現実に対して『こうあるべきだ』という私心を捨てられないからだと考えたんだ」


フィビアス:「……自分の心をあきらめて、世界の理の一部になる。それは、自分自身を消してしまうこととは違うのですか?」


フローレン:「鋭いね、フィビアス。でも、文学の世界ではそれは『消失』ではなく『昇華』と呼ばれる。ソウセキの作品……例えば『こころ』という物語では、倫理的な葛藤に苦しむ人間が描かれる。彼らは最後にあきらめを選ぶけれど、それは単なる絶望じゃない。自分自身の罪や限界を『明らかに見極め』、その責任を負うための、峻烈なまでの潔さなんだ」


シュペルク:「……難しいけど、なんだかかっこいい響きだな。あきらめることが、潔さになるのか」


フローレン:「そう。人間は、言葉によって『あきらめ』に名前をつける。ただの挫折を『悲劇』と呼び、ただの妥協を『美学』と呼ぶ。そうすることで、彼らは耐え難い現実という重力から、少しだけ魂を浮かせることができるんだ。これを文学における**『不条理の克服』**と言うんだよ」


フィビアス:「不条理……。理屈の通らない、残酷な現実、ということですね」


フローレン:「ああ。実存主義という分野の文学では、世界そのものが『不条理』であると定義されている。神も救いもなく、ただ過酷な現実が目の前にある。そこであきらめて自暴自棄になるのではなく、『世界は不条理だ』という事実をあきらめて受け入れた上で、それでも一歩を踏み出す。カミュという文豪は、それを『シーシュポスの神話』という物語になぞらえた」


シュペルク:「それ、どんな話なんだ?」


フローレン:「大きな岩を山頂まで押し上げる罰を受けた男の話だよ。頂上に着くと岩はまた転がり落ちる。永遠に続く無意味な労働。でもカミュは言ったんだ。『岩と格闘するその努力だけで、人の心を満たすには十分である。シーシュポスは幸福だと想像しなければならない』とね」


フィビアス:「……報われないことをあきらめた上で、その過程そのものを肯定する。それは、究極のあきらめの悪さのようにも聞こえますね」


フローレン:「その通り。文学的なあきらめとは、**『あきらめた状態を、どう肯定して生きるか』**という挑戦なんだ。ヒンメルはよく言っていたよ。『物語があるから、僕たちはこの退屈で残酷な世界を愛せるんだ』ってね」


シュペルク:「ヒンメル様……。あんなに強かったのに、そんな本を読んで、あきらめることについて考えてたのか」


フローレン:「彼は知っていたんだよ、シュペルク。自分もいつかは老い、死に、あきらめざるを得ない時が来ることを。だからこそ、今この瞬間の輝きを、物語の中に永遠に閉じ込めておきたかったんだろうね。……フィビアス、君もいつか、どうしても言葉にならない悲しみに出会うかもしれない」


フィビアス:「……はい」


フローレン:「その時は、本を開いてごらん。かつて誰かが、君と同じ絶望を経験し、それを『あきらめ』という美しい言葉に翻訳して残してくれている。文学は、時代を超えた『あきらめの共有』なんだよ。君は一人じゃないと、物語が教えてくれるはずだ」


フィビアス:「(暖炉を見つめながら)……フローレン様。あなたは1000年以上生きてきて、ご自身の物語をどう読んでいらっしゃるのですか? 長すぎる寿命をあきらめ、見送ってきた人々を……」


フローレン:「……私の物語は、まだ途中だよ。でも、ヒンメルたちと過ごしたあの10年は、私にとって最も密度が濃く、そして最も『あきらめきれない』章なんだ。彼らが残した言葉の重力が、今も私をこの世界に繋ぎ止めている」


シュペルク:「フローレン様……。なんだか、あんたがその本を大事に持ってる理由が、少しだけわかった気がするぜ」


フローレン:「ふふ。さて、外の吹雪も、少しだけ弱まってきたみたいだね。これは気象学的な事実じゃなく、私の『物語的直感』だけど」


フィビアス:「……そうですか? 私にはまだ猛吹雪に見えますが。フローレン様、単に早く外に出てミミックを探したいだけではありませんか?」


フローレン:「……それを指摘するのは、弟子としての『私心』が強すぎるんじゃないかな、フィビアス」


フィビアス:「いいえ、これは『理』です。フローレン様のミミックへの執着こそ、則天去私の境地から最も遠いものですから。……さあ、シュペルク様。明日には出発できるよう、今のうちにあきらめて寝ておきましょう」


シュペルク:「おう! ……でもよ、俺もいつか、自分のあきらめをかっこいい物語にできるような、そんな戦士になりたいな」


フローレン:「なれるよ、シュペルク。君の今のヘッポコぶりも、後で読み返せばいいスパイスになるからね」


シュペルク:「……それ、褒めてるのか!?」


フローレン:「文学的な評価だよ」


(山小屋の火がゆっくりと小さくなり、三人はそれぞれの思いを胸に、眠りについた。外の不条理な嵐はまだ続いているが、小屋の中には、言葉によって編まれた小さな安らぎが満ちていた)

夏目漱石と「則天去私」: 日本文学における究極の諦観。個人のエゴ(私心)をあきらめ、宇宙や自然の大きな摂理に従うことで心の平穏を得る境地。


実存主義と不条理: カミュの『シーシュポスの神話』などを通じ、報われないことが確定している世界(不条理)をあきらめて受け入れ、その上で自らの意志で生きることを選ぶ「不条理の英雄」の概念。


文学による昇華: 単なる苦痛や敗北としての「あきらめ」を、物語や言葉によって意味づけ(レトリック)、美学や哲学へと変換する人間の精神的営み。


死の意識と物語: 有限の命を持つ人間が、あきらめきれない生への執着を物語(歴史や文学)として残すことで、死を乗り越えようとするプロセス。

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