第7章:文化の翻訳 ―― 「仕方が無い」と「Never Give Up」
【場所:北側諸国・交易都市ヴァルムの市場】
(ヴァルムは、東方の島国から西方の帝国まで、多様な文化圏の商人が集まる巨大な港町である。一行は、嵐で積み荷を全て失ったという二人の商人の口論を耳にする)
西方の商人:「信じられん! 港湾ギルドの予測が甘かったせいだ! 損害賠償を請求してやる。私はあきらめないぞ、法の正義を証明して、必ずこの損失を取り戻してやる!」
東方の商人:「……まあ、そう熱くなりなさんな。天に唾したところで自分に返ってくるだけですよ。海が荒れたのは神仏の差配だ。積み荷を失ったのは、これまた縁がなかったということ。**『仕方が無い』**ですよ。命があっただけ儲けものです」
シュペルク:「……なあ、あの東方の商人さん、肝が据わってるっていうか、冷めてるっていうか。あんなに大損したのに、笑ってやがるぜ」
フィビアス:「……確かに。西方の商人さんの怒りは理解できますが、東方の方のあきらめ方は、どこか悟りを開いているようにも見えますね。投げやりなのと、受け入れているのの、ちょうど中間のような……」
フローレン:「ふふ。それはね、彼らが話す**『言語』と、その背後にある『自然観』**の違いだよ。シュペルク、フィビアス。文化によって『あきらめ』の翻訳は、劇的に変わるんだ」
シュペルク:「言葉が違うと、あきらめ方も変わるのか? 俺ならどこの言葉を喋ってても、泣き言を言う自信があるぜ」
フローレン:「それも一つの才能だけどね。……まず、あの東方の商人が口にした『仕方が無い(Shikata ga nai)』という言葉。これは日本の島国などに代表される東方の文化圏に特有の概念だ。言語学的には『It can’t be helped』と訳されるけど、ニュアンスはもっと深い。彼らにとって自然は『克服すべき対象』ではなく、**『抗えない巨大な力』**なんだ」
フィビアス:「抗えないから、受け入れる……。それが潔さ、という美学になるのですか?」
フローレン:「その通りだよ、フィビアス。地震や台風、津波といった人智を超えた災害が頻発する地域では、執着しすぎることはかえって精神を壊す原因になる。だから、あきらめることを『弱さ』ではなく、状況に適応するための『賢明な沈黙』として尊ぶ文化が形成されたんだ。東方では、あきらめは時に**『諦観』**という徳目になる」
シュペルク:「へぇ……。じゃあ、あの怒ってる西方の人は?」
フローレン:「彼は、大陸の中央部、あるいは帝国の文化圏だね。そこでは**『Never Give Up(決してあきらめるな)』**という精神が、個人のアイデンティティと強く結びついている。彼らの文化において、自然や運命は『開拓し、管理し、克服すべきもの』なんだ。だから、あきらめることは『意志の敗北』であり、『恥』だと見なされる傾向が強い」
フィビアス:「文化によって、あきらめが『賢さ』になったり『恥』になったりするのですね。……でも、フローレン様。あきらめずに戦い続けるからこそ、人間は魔法や技術を発展させてきたのではありませんか?」
フローレン:「鋭いね、フィビアス。その通りだよ。あきらめない精神が文明を押し進め、あきらめる精神がその文明によるストレスから人間を守ってきた。どちらが正しいわけじゃない。これは**『生存戦略の多様性』**なんだ」
シュペルク:「生存戦略、か。俺は、アイゼン師匠に『戦士なら死ぬまであきらめるな』って叩き込まれたけど……。もし東方の修行だったら、『風のように受け流せ』とか言われたのかな」
フローレン:「かもしれないね。例えば、南方の部族の中には、過去という概念が希薄な文化もある。彼らにとって、失ったものは『最初からなかったもの』として処理される。そこにはあきらめという苦悩すら存在しないんだ。ただ『今』があるだけ」
フィビアス:「……それは少し、羨ましい気もします」
フローレン:「でも、彼らは同時に、積み重ねてきた歴史や思い出への執着も薄い。人間が人間である以上、何かに執着し、それをあきらめる時に生じる痛みこそが、その文化の深みを作るんだ。……さて、西方の商人さん、まだギルド職員に詰め寄ってるね」
西方の商人:「責任者はどこだ! この海域の安全を保証できなかった責任を取れ!」
東方の商人:「(茶をすすりながら)……まあまあ、落ち着きなさいって。海は誰の所有物でもありませんよ。あきらめて、一緒に次の商売の種でも考えましょうや」
シュペルク:「……なんか、あの東方の商人さんを見てると、俺が今まで悩んでたことが小さく見えてきたぜ。俺が臆病なのも、俺の意志が弱いんじゃなくて、俺の『文化』のせいってことにできないかな?」
フィビアス:「それは都合のいい『解釈』です、シュペルク様。あなたは単に怖いだけでしょう」
フローレン:「ふふ。でも、言葉を知ることは、心を自由にする。シュペルク、もし君が絶望して、もうあきらめたいと思った時は、東方の言葉を借りて『仕方が無い』と言ってみなさい。それは逃げじゃなく、君が自然の一部として、一時的に休息を受け入れたという宣言になる」
フィビアス:「……逆に、フローレン様がミミックに食べられそうな時は、西方の言葉を借りて『あきらめろ』と言わせていただきますね。1000年も生きているエルフが、自然の摂理に抗うのは無粋ですから」
フローレン:「……それは困るな。魔法使いの文化では、好奇心はあきらめないのが正解なんだ」
シュペルク:「結局、フローレン様は都合よく文化を使い分けてるだけじゃないか!」
フローレン:「……文化の翻訳っていうのは、そういうものだよ。自分を一番楽にしてくれる言葉を探す旅、とも言えるね」
(市場の喧騒の中、二人の商人はやがて、互いの肩を叩いて酒場へと向かっていった。異なる『あきらめ』の流儀を持つ者同士が、最後には『酒』という共通の文化で折り合いをつけたようだった)
フローレン:「……見てごらん。あきらめるか、あきらめないか。その議論さえあきらめてしまえば、あんなふうに笑い合える。人間は、本当に面白いね」
フィビアス:「……ですね。さて、私たちも、シュペルク様がさっきから物欲しそうに眺めているあの串焼きを、あきらめてさっさと出発しましょうか」
シュペルク:「えっ、あきらめるのかよ!? さっきフローレン様が『自分を楽にする言葉を探せ』って……」
フィビアス:「私の文化では、無駄遣いは厳禁です。さあ、行きますよ」
フローレン:「……仕方が無いね」
シュペルク:「フローレン様までーッ!」
「仕方が無い(Shikata ga nai)」と諦観: 日本的な自然観に基づく、不可抗力に対する静かな受容。これが精神的レジリエンス(回復力)として機能することを解説。
西洋的フロンティア・スピリット: 「Never Give Up」に象徴される、困難を克服すべき障害とみなす価値観。責任の所在を明確にする文化。
自然観の違い: 自然を「共生・服従の対象」と見るか、「管理・制御の対象」と見るかによって、あきらめという行為の社会的価値が変わること。
言語の役割: 特定の言葉(概念)を持つことで、その感情との向き合い方が規定される(言語相対論的アプローチ)。




