第2章 :心の安全装置 ―― 防衛心性と適応
シュペルク:「……なあ、今の村の女の人、ちょっと変じゃなかったか? 旦那さんを亡くしたばかりだって聞いたのに、鼻歌歌いながら洗濯してたぜ」
フィビアス:「……はい。私も違和感を覚えました。不謹慎というわけではありませんが、あまりに明るすぎて……少し、薄情な方なのでしょうか」
フローレン:「いや、あれは薄情なんじゃない。**防衛心性**が働いているだけだよ」
フィビアス:「ボウエイシンセイ……。またフローレン様の専門外(?)の知識ですね。魔法ではなく、今度は精神医学ですか」
フローレン:「魔法使いは人の心に触れる機会も多いからね。フィビアス、彼女は今、自分でも気づかないうちに『心を守るための魔法』をかけている最中なんだ。精神医学では、あきらめは段階的にやってくるものだと考えられている」
シュペルク:「段階的? パッと諦めるんじゃなくてか?」
フローレン:「そう。有名なのだと、エリザベス・キューブラー=ロスという学者が提唱した『死の受容の5段階』がある。人は大きな喪失に直面したとき、まず『否認』し、次に『怒り』、そして『取引』『抑うつ』を経て、最後にようやく『受容』……つまり、本当の意味でのあきらめに辿り着く」
フィビアス:「……あの女性の明るさは、その最初の段階、『否認』ということですか?」
フローレン:「正解。彼女の心は、旦那さんがいなくなったという残酷すぎる現実を、まだ処理しきれていない。そのまま現実を直視すれば、心が焼き切れてしまう。だから脳が一時的にシャッターを下ろして、『そんなことは起きていない』『私は大丈夫だ』と思い込ませているんだ」
シュペルク:「……なんか、切ねえな。嘘でもいいから笑ってないと、壊れちまうってことか」
フローレン:「これは人間特有の高度な適応能力だよ。無理やり現実を突きつけて『あきらめろ』と言うのは、骨折したばかりの足で走れと言うようなものだ。彼女はいま、精神のギプスをはめている状態なんだよ」
フィビアス:「……私は、彼女を冷たい人だと思ってしまいました。自分の未熟さが恥ずかしいです」
フローレン:「気にする必要はないよ。人間は自分と同じ物差しで他人の悲しみを見ようとするからね。でも、あきらめというのには『諦観』……つまり、真実を明らかに観るという意味もある。彼女がいつか、怒りや悲しみを全て出し切った後に訪れる『受容』こそが、最も静かで、最も強いあきらめの形なんだ」
シュペルク:「静かな、あきらめ……」
フローレン:「そう。それは絶望じゃない。自分にはどうしようもない運命を受け入れて、それでも生きていくと決めるための『適応』だ。精神医学的には、その段階に至って初めて、人は新しい明日を再構築できるようになる」
フィビアス:「……先ほどの村で、彼女が『明日のパンを焼くのが楽しみだ』と言っていたのは、その準備だったのでしょうか」
フローレン:「かもしれないし、まだ否認の最中かもしれない。どちらにせよ、他人が口を出すことじゃない。私たちはただ、彼女の心が自分のペースであきらめに辿り着くのを、遠くから願うことしかできないよ」
シュペルク:「……フローレン様はさ、1000年も生きてるんだろ。そういう『あきらめ』の瞬間を、何度も見てきたのか?」
フローレン:「……数え切れないほどね。でも、何度見ても慣れることはないよ。エルフの私にとっては一瞬の出来事でも、人間にとっては一生をかけた格闘なんだから」
フィビアス:「フローレン様……」
フローレン:「さて、しんみりするのはここまで。フィビアス、次の村では美味しいパンが買えるといいね。私の報酬系が、糖分を求めて再計算を始めたよ」
フィビアス:「……全く。さっきまでの深いお話が台無しです。でも、そうですね。甘いものでも食べて、私たちの心も適当に甘やかしておきましょう」
シュペルク:「おっ、賛成! 俺、三つくらい食えるぜ!」
フローレン:「あきらめることと、逃げることは違う。彼女がいつか、笑顔の裏にある悲しみをあきらめて受け入れたとき……その時こそ、本当の意味で旦那さんは彼女の中で生き続けることになるんだろうね」
精神医学的: 防衛心性(心の安全装置)、適応、キューブラー=ロスの「死の受容の5段階」。
心理学的: 否認から受容に至るプロセスの必要性。
物語の対比: 若い二人(フィビアス、シュペルク)の戸惑いと、フローレンの客観的な視点を通じて、あきらめが「冷酷」ではなく「救済」であることを描写しました。




