第44章 江戸時代にタイムスリップ 想いと蕎麦と、古のネットワーク
街道の休憩所跡。古びた木のベンチに座り、三人はひと休みしている。
フローレン(エルフの魔法使い。歴史書に夢中)
フィビアス(人間の魔法使い。家計簿をつけるのが日課)
シュペルク(人間の戦士。空腹で集中力が切れ気味)
シュペルク 「あー、腹減った……。さっきフローレンが『蕎麦』の話をするから、口の中が完全に蕎麦モードだぜ。」
フローレン (本から目を離さずに) 「奇遇だねシュペルク。ちょうど今、飛脚の料金のページを読んでたんだけど、比較対象に蕎麦が出てくるんだよ。」
フィビアス 「料金の話ですか。それは重要です。エドから遠く離れたオオサカまで、手紙一通送るのにいくらかかったんですか? 庶民には手が出ない金額だったのでは?」
フローレン 「それがね、驚くほど安いの。文化三年(1806年)の記録によると、エドからオオサカまでの『並便(Nami-bin)』で、書状一通が『銀2分』……今の価値でいうと約400円くらいかな。当時の『二八そば』一杯が16文(約480円)だったから、なんと蕎麦一杯より安かったんだって 。」
シュペルク 「マジか!? 蕎麦より安いのかよ。俺たちがクエストで伝令する時なんて、もっと報酬もらうぞ。」
フィビアス 「それは私たちが命がけで魔物と戦っているからですよ。……でも、蕎麦一杯分で遠く離れた人に手紙が届くなんて、素敵な時代ですね。魔法を使わない一般の人々にとって、どれほど救いだったか。」
フローレン 「ただ安い分、時間はかかったみたい。『並便』は昼間だけ移動する定期便で、エドからオオサカまで15日くらい。天候や街道の状況によっては、20日から30日かかることもあったらしいよ 。」
シュペルク 「30日かぁ……。急ぎの用事なら終わっちまうな。」
フローレン 「そこで登場するのが、課金システムの『早便(Haya-bin)』だよ。これは期限が決まっていて、6日とか10日で届けてくれるの。昼夜を問わず馬を乗り継いで走るから速いんだって 。」
フィビアス 「時は金なり、ですね。当然、料金は上がるんでしょう?」
フローレン 「うん。例えば6日で届ける指定だと、手紙一通が金一匁(約2000円)くらい。並便の5倍だね。さらに凄いのが『仕立便(Shitate-bin)』っていう特別特急便。これは注文が入ると即座に専用の飛脚を走らせるの 。」
シュペルク 「専用チャーター便か! VIP待遇だな。」
フローレン 「4日でオオサカまで届ける『四日限(Yokkagiri)』だと、なんと金四両二分……約54万円もかかったそうだよ 。」
シュペルク 「ご、54万!? 蕎麦が何千杯食えるんだよ! 俺の武器より高いじゃねえか!」
フィビアス 「巨額のお金を動かす豪商だけが使ったそうですね。一般庶民には縁のない世界です。……フローレン様、まさかその本も、そんな『仕立便』並みの値段で買ったんじゃありませんよね?」
フローレン 「え? ……あー、いや、これはほら、古本屋のワゴンセールだったから……。(視線を逸らす)」
フィビアス 「……後でレシート確認しますからね。」
フローレン 「あはは……。さて、話を戻そうか。飛脚たちがすごいのは、ただ運ぶだけじゃないところ。トラブルが起きた時の対応も徹底してたんだ。『抜状(Nukijo)』って知ってる?」
シュペルク 「抜状? 刀を抜くのか?」
フローレン 「違うよ。川が増水して馬が渡れない時なんかに、急ぎの荷物だけを馬から『抜き』出して、人間が走ってリレー形式で先に届けるの。これを『走り飛脚』って言うんだって 。」
フィビアス 「臨機応変ですね。どんな状況でも情報を止めないという執念を感じます。」
フローレン 「そうだね。エドの町中では『市中飛脚』っていうのも活躍してたよ。彼らは風鈴をつけて走ってたから『チリンチリンの町飛脚』って呼ばれてたの 。」
シュペルク 「チリンチリンか。可愛い名前だな。」
フローレン 「彼らは手紙だけじゃなくて、買い物代行や『代参(Daisan)』……つまり依頼主の代わりに神社にお参りしてお札をもらってくるサービスもやってたんだって 。」
フィビアス 「お参りの代行まで……。なんだか今のウーバーなんとかみたいですね。」
フローレン 「さらに進んでいたのが『通信販売』だよ。『四ツ目屋忠兵衛』っていうお店の広告には、『手紙で注文してくれたら、箱に入れて中身が分からないように密封して飛脚で送ります』って書いてあったの 。」
シュペルク 「中身が分からないように……? 何かヤバイもんでも売ってたのか?」
フローレン 「うん、まあ……薬とか、化粧品とか、ちょっと人には見られたくない個人的なものとかね。プライバシーへの配慮も完璧だったわけ。」
フィビアス 「数百年前から通販があったなんて驚きです。……フローレン様もよく、怪しげな薬を通販で買っていますよね。『服が透けて見える薬』とか。」
フローレン 「あれは失敗作だったよ。服じゃなくて皮膚が透けちゃって、シュペルクがガイコツに見えたもんね。」
シュペルク 「やめろ! 思い出したくねえトラウマだ!」
フローレン 「他にもね、有名な作家の『曲亭馬琴(Kyokutei Bakin)』って人は、オオサカにいる版元と原稿の校正をやり取りするのに飛脚を使いまくってたんだって。『南総里見八犬伝』みたいな長編小説も、飛脚のリレーがあったから完成したんだよ 。」
フィビアス 「文化や芸術も支えていたんですね。」
フローレン 「そう。それに『米飛脚』は相場の情報を素早く伝えて経済を回していたし、火事や地震の災害情報も飛脚がリレーして各地に伝えたんだって。単なる配送業者じゃなくて、社会の重要な『情報インフラ』だったんだね 。」
シュペルク 「へえ……。最初はただ走ってるだけかと思ったけど、聞いてみるとすげえ仕事だな。俺たちが冒険できるのも、誰かがこうやって道をつないでくれてるからかもしれないな。」
フローレン 「お、シュペルク、たまには良いこと言うね。……よし、じゃあ私たちも、次の宿場まで『早便』のつもりで少し急ごうか。」
フィビアス 「そうですね。日が暮れる前に着きたいですし。」
シュペルク 「おう! 宿場に着いたら、絶対に蕎麦食うぞ! 大盛りでな!」
フローレン 「私は特産の『鮎寿司』がいいな。……あ、でもその前に、この近くに伝説の魔導書が眠る洞窟があるらしいんだけど、ちょっと寄り道しない?」
フィビアス・シュペルク 「「却下!!!!」」
(三人の賑やかな声は、風と共に街道の彼方へ消えていった……)




