第43章 江戸時代にタイムスリップ 街道を駆ける魔法なき足音
シュペルク 「なあ……もうかれこれ三時間は歩きっぱなしだぞ。そろそろ休憩しないか? お腹も減ってきたし。」
フィビアス 「シュペルク、情けない声を出さないでください。次の村まであと少しです。それに、フローレン様がまた変な本を読みながら歩いているせいで、ペースが上がらないんですよ。」
フローレン (古びた和綴じの本をめくりながら) 「変な本じゃないよ、フィビアス。これは『異世界エド・ジダイの物流大全』。伝説の魔法使いが記した……わけじゃなくて、ただの歴史書みたいだけど、面白いんだ。」
フィビアス 「また無駄遣いをして……。その本、ミミックの罠だった宝箱に入っていたやつですよね? ヌルヌルしてませんか?」
フローレン 「乾かしたから大丈夫。……ねえ、二人とも。『飛脚(Hikyaku)』って知ってる? 魔法を使わずに、情報や荷物を遠くへ運ぶ専門職のことなんだけど。」
シュペルク 「飛脚? 走って届けるのか? 俺たち戦士みたいな体力バカの仕事か?」
フローレン 「当たり。でもただ走るだけじゃないよ。この本によると、エド社会において物流や情報伝達を担った欠かせない存在で、その歴史はカマクラ時代、つまり数百年以上も昔に遡るらしいよ 。当時は『鎌倉飛脚』とか『六波羅飛脚』って呼ばれていて、京都と鎌倉を結ぶために馬を常駐させていたんだって 。」
フィビアス 「馬を常駐……効率的ですね。魔法による転移や通信が発達していない世界ならではの工夫を感じます。」
フローレン 「そうそう。でね、時代が進んでセンゴク時代になると、大名たちは自分の領地内で『伝馬制度(Tenma System)』っていうのを導入したの。これは人や馬を交代させながら、公用の書状や荷物を運ぶ仕組みのこと 。敵の情報とかを集めるために、飛脚を積極的に使っていたみたいだよ 。」
シュペルク 「へえ、斥候みたいな役割も兼ねてたんだな。情報が命なのはどの世界も一緒か。」
フローレン 「そして天下を統一したトヨトミ・ヒデヨシがこの制度を全国規模にして、のちのエド幕府が『継飛脚(Tsugi-bikyaku)』として完成させたんだ 。……ふふ、ヒデヨシって名前、なんだか強そうだよね。」
フィビアス 「フローレン様、歴史の授業はいいですから、足を動かしてください。それで、そのエド幕府の時代にはどうなったんですか?」
フローレン 「エドを中心とした『五街道』っていう主要な道路が整備されたんだよ。東海道とか中山道とかね 。そこには一定間隔で『宿場(Shukuba)』が作られて、荷物を運ぶための人馬が常備されたの 。」
シュペルク 「宿場か。今の俺たちが目指してる村みたいなもんか?」
フローレン 「もっとシステム化されてるよ。特に重要だったのが『問屋場(Toiyaba)』っていう施設 。ここでは次の宿場まで荷物を運ぶための人足や馬を手配してくれるの。飛脚人足が常に待機していて、すぐに交代要員を出せる体制が整っていたんだって 。これを『宿駅伝馬制度』って言うらしいよ 。」
フィビアス 「なるほど。リレー形式で運ぶわけですね。一人で長距離を走るより遥かに速い。……でも、それだけ人手がかかるということは、コストも高そうです。」
フローレン 「さすがフィビアス、鋭いね。実は飛脚にも種類があって、大きく分けて三つあるんだ。『継飛脚(Tsugi-bikyaku)』、『大名飛脚(Daimyo-bikyaku)』、そして『町飛脚(Machi-bikyaku)』 。」
シュペルク 「三つもあんのかよ。何が違うんだ?」
フローレン 「まずは『継飛脚』。これは幕府専用の公用便 。老中とか奉行とか、偉い人しか使えなかったの 。面白いのがね、彼らは『御状箱(Gojo-bako)』っていう箱を担いで、二人一組で昼夜を問わず走り続けたんだって 。」
シュペルク 「昼夜問わず!? 夜道なんて魔物が出るかもしれないのに、正気か?」
フローレン 「魔物は出ない世界らしいけど、夜間には『高張提灯』を持って走ったそうだよ 。それに、彼らには特権があって、夜に関所を通ったり、朝一番の渡し船に乗ることも許されていたんだって 。」
フィビアス 「公務だから最優先というわけですね。運んでいたのは書類だけですか?」
フローレン 「ううん、『御用物』っていう公用の荷物も運んだみたい。例えば、将軍への献上品として『鮎寿司』とか『葛』なんかが運ばれた記録があるよ 。」
シュペルク 「寿司!? 生ものを走って運ぶのか? 腐らねえのかよ。」
フローレン 「だから急いだんじゃない? エドから京都まで、急用便なら2日半前後で着いたらしいし 。……あぁ、鮎寿司食べてみたいなあ。この辺の川で獲れないかな。」
フィビアス 「寄り道はしませんよ。……それで、二つ目の『大名飛脚』というのは?」
フローレン 「これは地方領主である大名たちが独自に使っていた飛脚のこと 。彼らは『参勤交代』っていう制度で、一年おきにエドと自分の領地を往復しなきゃいけなかったから、連絡手段が必須だったの 。」
シュペルク 「一年おきに引っ越しみたいなことすんのか。大変だな……。」
フローレン 「でしょ? 特に有名なのが『七里飛脚(Shichiri-bikyaku)』。約28キロごとに中継所を置いて、リレー形式で運ぶの 。紀州藩とか尾張藩が有名で、最速だと3日半でエドと領地を結んだんだって 。」
フィビアス 「28キロごとに全力疾走……。シュペルク、あなたならできますか?」
シュペルク 「いや、鎧着てたら無理だろ。……でも、その『七里の者』ってやつらは、ただ走るだけなのか?」
フローレン 「いい質問だねシュペルク。彼らはただの運び屋じゃないよ。参勤交代の準備をしたり、街道の状況を確認したり、時には飛脚同士の喧嘩の仲裁なんかもしたらしいよ 。」
シュペルク 「何でも屋だな。でも、俺たちみたいな一般人はどうすんだ? 幕府の偉い人や大名しか使えないんだろ?」
フローレン 「そこで登場するのが三つ目の『町飛脚(Machi-bikyaku)』だよ。これは民間の飛脚問屋が運営していて、武士から庶民まで誰でも使えたの 。」
フィビアス 「やっと私たちが使えそうなサービスが出てきましたね。」
フローレン 「元々は、大阪城の警備に来た武士たちが家族と連絡を取るために始まったのがきっかけらしいよ 。その後、商人が代行するようになって、『三度飛脚(Sando-bikyaku)』って呼ばれる定期便になったの。月に三回荷物を届けるから『三度』なんだって 。」
シュペルク 「月三回か。今の俺たちの旅のペースより速いかもしれねえな。」
フローレン 「あ、これ見て。面白い絵が載ってる。『東海道名所図会』っていう絵なんだけど 。」 (フローレンが本を広げて二人に見せる)
シュペルク 「ん? なんだこれ。馬に乗ってタバコ吸ってるおっさんがいるぞ。これが飛脚か? 走ってねえじゃん。」
フローレン 「ふふっ。これが『宰領(Sairyo)』と呼ばれる人たちだよ。飛脚っていうとふんどし一丁で走る姿をイメージするけど、実際に荷物を管理して街道を行き来していたのは、こういう格好の人たちだったの 。」
フィビアス 「三度笠にカッパを羽織って、胸当てをつけてますね 。……意外としっかりした装備です。」
フローレン 「宰領はね、荷主から預かった荷物を管理して、宿場ごとに人馬を交代させながら目的地まで届ける責任者なんだよ 。だから馬に乗って移動するのが定番だったの 。実際に走るのは、彼らが手配した人足たちってわけ。」
シュペルク 「なるほどな。現場監督みたいなもんか。川が増水して渡れない時とか、どうすんだろ。」
フローレン 「そういう困難な状況でも、期日通りに運ぶのが彼らの仕事。まさに『交通の職人』だね 。」
フィビアス 「職人、ですか。……フローレン様、その本には『料金』のことは書いてありませんか? 私たちがもし依頼するとしたら、どれくらいかかるのか気になります。」
フローレン 「お金の話? フィビアスは相変わらず現実的だね。……えーっと、料金については次のページに詳しく書いてあるみたい。」
シュペルク 「お、気になるな。俺の斧を送ったらいくらになるんだ?」
フローレン 「シュペルクの斧は重すぎるから、きっと『並便』でも高くつくよ。……じゃあ、歩きながら続きを読んであげる。次は、驚きの料金システムと、彼らが運んだ意外なモノについてのお話。」
フィビアス 「(ため息)……まだ続くんですね。でも、少し興味が出てきました。宿場に着くまでの暇つぶしにはなりそうです。」
フローレン 「そうこなくっちゃ。じゃあページをめくるよ。……あ、その前に。この本によると、飛脚は『鈴の音』を合図に集荷に来たらしいの 。私も魔法で鈴の音を出してみようかな。」
シュペルク 「やめとけ。魔物が寄ってくるぞ。」
(三人の会話は、街道の向こうへ続く……)




