【黄昏の道中、山道の休憩所にて】
【黄昏の道中、山道の休憩所にて】
街道沿いの東屋で、一行は一息ついていた。旅の疲れもあり、話題は自然とくだらない噂話に向かう。
フィビアス
「先生、“口裂け女”ってご存知ですか?」
フローレン
「……聞いたことあるわ。顔に大きな傷があって、“私、綺麗?”って聞いてくるんでしょう?」
シュペルク
「うわ、それそれ! 昔、村中が大騒ぎだったって親父が言ってた。“学校の裏に出た”とか、“電柱の影に立ってた”とか。もう、なまら怖かったらしいぞ」
フィビアス
「でも……結局、どこから出たんでしょうね。伝説というより、“集団幻覚”みたいな」
フローレン
「きっかけなんて、些細なものよ。誰かが見間違えたとか、傷のある人を見たとか。……実在はしないけど、噂は人の想像力で走り出す」
シュペルク
「それがさ、先日タクシーの中の映像見たんだけど……それっぽいのが後部座席に映ってて……夜一人で寝れなかった……」
フィビアス
(淡々と)「じゃあ、次からは私の横で寝てください。私が“見張って”あげます」
シュペルク
「え、マジ? ……いや、それはそれで緊張して寝れねぇわ!」
フローレン
「そういえば昔、顔に大きな縫い跡がある女性を見たって話を聞いたわ。口の端から頬にかけて……あれは、戦争か何かだったのかしら」
フィビアス
「現代なら、“ヤクザに切られた”って思われるかもしれませんね。でも本当の事情は、本人しか知らない」
シュペルク
「……それでさ、その人、走るのめっちゃ速いって噂もあったろ? “逃げても追いつかれる”って。最初は“50メートル6秒”って話だったのに、いつの間にか“100メートル6秒”に進化しててさ」
フィビアス
「短距離の体力テストって50メートルですから、小中学生にはそれが基準なんでしょうね。伝言ゲームみたいに数字が変わったんでしょう」
フローレン
「人の記憶は都合よく塗り替えられるからね。真実は一つでも、“語られる怪談”は無限に増える」
シュペルク
「でも……“尻裂け女”を見たって話もあったぞ。インパクトでは負けてなかった……」
フィビアス
(小声で)「その情報、別に聞きたくなかったです」
フローレン
「都市伝説って、その時代の“空気”が映る鏡よ。たとえば、コロナの時代にマスクして“私、綺麗?”って来られたら、また別の意味になっていたかもね」
シュペルク
「え、“普通っすね!”って言って逃げるしかねえじゃん……あーでも、言い方間違えたら怒らせそうだしな……」
フィビアス
「その時点で“勝負あり”ですね。あなた、冷静を装って全力で逃げるタイプでしょ?」
黄昏が深まり、誰かが焚き火に薪をくべた。ぱち、と小さな爆ぜる音がした。