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第39章 江戸時代にタイムスリップ 『江戸』という東の異国の刑罰

場所: 旅の途中で立ち寄った、廃墟となった関所跡 時間: 焚き火を囲む夜の休息



フローレン:「……ふむ。この『江戸』という東の異国の刑罰記録、何度読んでも興味深いね。人間という種族が、秩序を保つためにどれほど残酷な工夫を凝らしてきたかがよく分かるよ。」


シュペルク:「フローレン、お前まだそのボロボロの巻物読んでたのか? さっきちらっと覗いたら『釜茹で』とか書いてあって、俺もう夕飯のスープ飲む気失せたんだけど……。」


フィビアス:「シュペルク様、食べ物を粗末にするのは良くありません。でも、確かにその文献には、私たち魔法使いの常識では測れないような野蛮な記述が多いようですね。」


フローレン:「野蛮というか、必死だったんだろうね。江戸時代の初期は、まだ戦乱の気風が残っていたから、見せしめの意味合いが強かったんだ。例えば『釜茹で』。煮えたぎる油の中に人間を投げ込む。あとは『牛裂き』。二頭の牛に罪人の足を縛り付けて、反対方向に走らせて股を引き裂く……。」


シュペルク:「うわあああ! やめろ! 想像させんな! なんでそんなこと思いつくんだよ人間は! 魔族よりひでえじゃねえか!」


フローレン:「当時は治安維持が最優先だったからね。恐怖で支配する必要があったんだよ。でも、社会が安定してくると、為政者の気まぐれじゃなくて、ちゃんとしたルールが必要になった。そこで登場したのが、八代将軍・徳川吉宗が作らせた『公事方御定書くじかたおさだめがき』さ。」


フィビアス:「法律を体系化したのですね。少しは文明的になったということですか?」


フローレン:「そうだね。刑罰に基準を作って、さらに『更生』の概念を取り入れた点は画期的だったよ。例えば窃盗の場合、初犯なら『刺青いれずみ』を入れて放免、二回目は刺青を追加、三回目で初めて死刑、というふうに段階を踏むようになった。」


シュペルク:「へえ、三回アウト制か。いきなり殺されるよりはマシだな。でも刺青って、一生消えないんだろ? 前科者ってバレバレじゃん。」


フローレン:「それが狙いだからね。地域によって刺青の模様が決まっていて、『こいつはどこで何回罪を犯したか』が一目で分かるようになっていたんだ。ある意味、呪いよりも強力な社会的制裁だね。」


フィビアス:「……合理的ですが、冷徹ですね。それで、その『公事方御定書』では、具体的にどのような刑罰が定められていたのですか?」


フローレン:「大きく分けて、死刑、追放刑、身体刑などがあるね。特に死刑は6種類にランク付けされていたんだ。一番軽いのが『下手人げしゅにん』。これは単純な斬首刑。」


シュペルク:「首斬られるのが一番軽いって、どういう感覚だよ……。」


フローレン:「遺体は家族に返してもらえたからね。その次が『死罪しざい』。これも斬首だけど、遺体は刀の試し斬りに使われるし、全財産没収などのオマケがつく。」


シュペルク:「死んだ後に試し斬り!? 死体蹴りにも程があるだろ!」


フローレン:「さらに重いのが『獄門ごくもん』。斬った首を台に乗せて、三日二晩晒し者にする。いわゆる晒し首だね。」


フィビアス:「死者の尊厳を徹底的に踏みにじることで、生者への見せしめにするわけですね。悪趣味です。」


フローレン:「そして、ここからが派手になるよ。『火罪かざい』は火あぶりの刑。これは主に放火犯に適用された。『火で害をなした者は火で焼く』という報復の意味が込められていたんだ。生きたまま焼かれる苦しみは、攻撃魔法の比じゃないだろうね。」


シュペルク:「俺、絶対火事だけは起こさねえ……。マッチの火も慎重に扱うわ……。」


フローレン:「次は『はりつけ』。十字架に縛り付けて、槍で突き殺す。これは親殺しや主人殺しといった、秩序への反逆者に課された。最後が『鋸挽き(のこぎりびき)』だね。」


シュペルク:「のこぎり……? まさか、あの木を切るやつか?」


フローレン:「そう。首だけ出した状態で地面に埋めて、通りがかりの人に竹の鋸で首を挽かせる刑罰さ。まあ、実際には形式的なもので、晒し刑に近かったみたいだけど。」


フィビアス:「通りがかりの人に加担させるなんて、狂気を感じます。集団心理を利用した残酷なシステムですね。」


フローレン:「でもね、逆に言えば、罪の内容に応じてきっちり刑罰が決められていたということでもあるんだ。例えば窃盗、つまり泥棒の罪だけど、盗んだ金額が『十両(現在の120万円くらい)』を超えると、問答無用で死罪だった。」


シュペルク:「えっ、120万で死刑!? 厳しすぎねえか? 命安すぎだろ!」


フローレン:「それくらいお金の価値が重かったし、所有権というものが重視されていたんだよ。土蔵を破って盗みに入れば、金額に関わらず死罪。一方で、軽い盗みなら『たたき』といって、鞭で打たれる刑で済んだ。50回か100回か選べたわけじゃないけど、気絶しないように薬を塗ったり水をかけたりしながら叩き続けたらしいよ。」


シュペルク:「気絶も許してくれないのかよ……。」


フィビアス:「フローレン様、その本には男女のトラブル……不義密通についても書かれていますか? 人間の社会ではよくある争いの種ですが。」


フローレン:「あるよ。江戸時代、特に既婚女性の不倫、つまり『密通』は大罪だった。夫は現場を目撃したら、妻と相手の男をその場で殺しても罪に問われなかったんだ。『重ねて二つ、四つに切る』なんて言われてね。」


シュペルク:「うわ、修羅場すぎる……。不倫したら即デスマッチかよ。」


フィビアス:「……不潔です。でも、裏切られた側の怒りを法が肯定していたのですね。現代の慰謝料請求より、ある意味で感情的かつ直接的です。」


フローレン:「ただし、実際に殺すのは手続きも面倒だし、示談金で済ませるケースも多かったみたいだね。あと面白……興味深いのが僧侶の罪だ。『女犯にょぼん』といって、僧侶が女性と関係を持つことは重罪とされた。」


シュペルク:「坊さんだからってことか。禁欲しなきゃいけないのにな。」


フローレン:「そう。見つかれば晒し者にされたり、島流しにされたりした。特に相手が人妻だと獄門、つまり死刑だ。聖職者としての建前が厳しく問われたわけだね。ハイターが生きてたら、酒浸りなだけで処罰されてたかもしれないよ。」


フィビアス:「ハイター様は生臭坊主でしたが、女性関係は……まあ、酒瓶が恋人みたいなものでしたからセーフでしょう。たぶん。」


フローレン:「あとは『心中しんじゅう』だね。愛し合う二人が一緒に死ぬこと。一時期、これが庶民の間でブームになってしまってね。」


シュペルク:「心中がブーム? なんだそれ、集団ヒステリーか?」


フローレン:「物語の影響だよ。『曽根崎心中』みたいな浄瑠璃が流行って、心中が『純愛の象徴』みたいに美化されたんだ。それに困った幕府は、心中を厳しく取り締まった。」


フィビアス:「死のうとしている人を取り締まるのですか?」


フローレン:「そう。もし二人とも死んだら、遺体は葬式も出させずに捨てさせた。もし片方だけ生き残ったら死刑。両方生き残ったら、『非人ひにん』という最下層の身分に落として、社会的に抹殺したんだ。『心中なんて美しいものじゃない、犯罪だ』と知らしめるためにね。」


シュペルク:「死んでも許されないし、生き残っても地獄かよ……。徹底してんなあ。」


フローレン:「『遠島えんとう』、つまり島流しも面白いよ。八丈島とかの絶海の孤島に送られるんだけど、そこでは自給自足の生活が待っている。御赦免ごしゃめんがない限り帰れない。でも、島民と結婚して暮らす者もいたらしい。」


フィビアス:「ある意味、死刑より残酷かもしれません。故郷から切り離され、いつ終わるとも知れない時間を過ごすのですから。私たちエルフや魔法使いにとっての十年と、彼らにとっての十年は重みが違います。」


フローレン:「そうだね。でも、こうやって見ると、江戸時代の刑罰は『見せしめ』と『隔離』、そして『更生』のバランスを模索していた過程が見えてくる。残酷だけど、そこには秩序を守ろうとする執念のようなものがあるよ。」


シュペルク:「俺にはただただ恐ろしい話にしか聞こえなかったけどな。特に『鋸挽き』と『牛裂き』は夢に出そうだ……。」


フローレン:「人間は短い寿命の中で、自分の生きた証や社会のルールを必死に残そうとする。その必死さが、時として過剰な残酷さを生むのかもしれないね。……さて、そろそろ寝ようか。明日は早起きして、この近くにあるという『首切り地蔵』を見に行くよ。」


シュペルク:「行かねえよ! なんでそんな呪われそうな場所ばっかり行きたがるんだよ! 普通の観光地に行こうぜ!」


フィビアス:「シュペルク様、諦めてください。フローレン様は変なものにしか興味を示しませんから。それに、そこには珍しい供養の魔法陣があるかもしれません。」


シュペルク:「フィビアスまで……。俺、このパーティで一番常識人な気がしてきた……。」


フローレン:「ん? 何か言った? シュペルクも『石抱き』みたいに、重い荷物を持って鍛錬したいって?」


シュペルク:「言ってねえ! 絶対嫌だ! 寝る! 俺はもう寝るぞ!」


(シュペルクは毛布を頭から被って震えながら横になった。フローレンは満足げに巻物をしまい、フィビアスは静かに火の始末をした。)


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