江戸時代にタイムスリップ 「町奉行の一日――果てなき激務」
――朝焼けに染まる江戸城下。
奉行所の表門の前に立った三人は、まだ眠気を残した顔で人の出入りを見ていた。
シュペルク「なぁ……まだ朝の六時だぞ。奉行って、もう起きてんのか?」
フィビアス「もちろん。町奉行はこの時間に起きて、朝食を済ませ、すぐ仕事の準備を始めるの。奉行所は六時頃には開門するから」
フローレン「私たちが旅をしていた頃もそうだったじゃない。日の出と共に出発。人間の生活って、結局変わらないものだよ」
シュペルク「でも、あいつらの方が大変そうだ……だって奉行って、裁判官で市長で警察署長で消防隊長なんだろ? 一人で何役だよ……」
フィビアス「二人だけどね。しかも交代制。今日は“月番”の奉行が新しい訴訟を受け付ける日」
門の内側では、与力や同心たちがぞろぞろ出勤していた。
紙束を抱える者、筆を腰に差した者、みな慌ただしい。
フローレン「午前八時には同心たちが出勤。奉行も御用部屋に入って、報告を受け、残務整理をする」
フィビアス「その後、午前十時には江戸城へ登城。老中への報告や、他の奉行たちとの協議があるから」
シュペルク「毎日城に行くのか……オレなら道中で昼寝しそうだ」
フィビアス「昼寝どころじゃないわ。江戸城へは騎馬で移動、しかもお供は二十五人。十万石の大名と同じ待遇よ」
シュペルク「えぇっ!? そんな偉そうに行くのか?」
フローレン「威厳を示すためだよ。町人たちはその姿を見て“奉行様が通る”と感じ、秩序を意識する。政治は見せ方も大事だから」
江戸城の一角。奉行詰所の広間。
三人は壁際から、その光景を見学していた。
老中「大火の件、進捗を報告せよ」
町奉行「はっ。本日より町火消しを増員、深川方面に重点を置きます」
シュペルク「うわぁ……プレッシャーすごそう」
フィビアス「老中に直接報告しなきゃいけないの。しかも、刑事事件や経済政策まで全部ここで協議される」
フローレン「町奉行は孤独だよ。失敗すれば命を落とすこともある。激務で死んだ奉行も多いからね」
シュペルク「ブラックどころじゃねぇな……」
昼を過ぎ、奉行は城から戻ってくる。
奉行所の白州では、すでに町人たちが待ち構えていた。
町人A「奉行様! 隣家と土地の境界で争いが!」
町人B「この者、借金を返さぬゆえ訴え出ました!」
シュペルク「えっ、帰ってすぐこれ? 休む暇ないじゃん」
フィビアス「午後はひたすら裁判と会議。証文を精査し、証言を聞き、判決を下す」
フローレン「ただし、死刑や追放以上の刑罰は老中や将軍の決裁が必要。奉行が独断で決められるのは“中追放”まで」
シュペルク「つまり……何やっても上に報告しなきゃいけないってことか」
フィビアス「そう。だから書類は山のように積まれるの」
日が暮れても仕事は終わらない。
灯明の下で、奉行は書類を捌き、与力に指示を飛ばしていた。
シュペルク「なぁ、もう夜だぞ。普通は寝る時間だろ」
フィビアス「でも、訴訟は待ってくれない。被疑者が連行されれば、深夜でも確認を求められる」
フローレン「火事が起きればさらに大変。半鐘が鳴れば、奉行は現場に駆けつけ、自ら陣頭指揮をとった」
シュペルク「……寝る暇ないじゃん。そりゃ早死にするわ」
そして数日おきには「評定所」に出席する。
そこは国政の最高会議。大名のお家騒動や前例のない大事件が持ち込まれる。
シュペルク「もう無理だろ……絶対キャパオーバーだ」
フィビアス「だから平均在任期間は五、六年。中には一年で辞める人もいた」
フローレン「それでも、町は回っていた。二人の奉行と、その下の与力同心たちが、膨大な責務を背負っていたからね」
夜更け。三人は奉行所の門前に立ち、灯りの消えぬ窓を見上げる。
シュペルク「……なぁ、俺、奉行には絶対なりたくない」
フィビアス「当然よ。剣も頭脳も胆力も、全部揃ってないと務まらないんだから」
フローレン「でも……そういう人がいたから、江戸は大火や飢饉の中でも秩序を保てたんだよ」
シュペルク「すげぇけど……やっぱブラックだろ、これ」
フィビアス「ええ。史上最大級の“ブラック職場”ね」
三人は小さく笑い合い、江戸の夜のざわめきの中へ歩み去っていった。




