江戸時代にタイムスリップ 「訴訟の渦――金銭トラブルの町」
――夕暮れ。奉行所の白州の片隅。
石畳に座り込みながら、三人は町人の訴訟風景を見学していた。
シュペルク「……なんか、すげぇ行列だな。これ全部、裁判待ち?」
フィビアス「そう。今日だけでなく毎日のこと。訴訟件数は年間数万件にもなったの。特に多いのが“金銭トラブル”。」
フローレン「ある年、扱われた訴訟の七割が借金絡みだった。金貸しと借り手、保証人と債権者……江戸は金に縛られた都市だったんだよ」
白州では町人二人が口論していた。
原告の町人「こやつ、約定の期日に銀を返さなんだ! 我が家はこれで破滅だ!」
被告の職人「違ぇんだ! 仕事が無くなって……返そうと思ってた矢先に火事で道具を全部失ったんだ!」
シュペルク「なぁ……これって、どっちも苦しいんじゃないのか?」
フィビアス「だからこそ、町奉行所に訴え出るしかなかったのよ。だけど数が多すぎて、奉行も吟味方も処理しきれなくなった」
フローレン「結果、“相対済まし令”が出た。金銭の揉め事は原則として当事者同士で解決しろ、って命じられたんだ」
シュペルク「え、じゃあ奉行所はもう頼れないのか?」
フィビアス「そうでもない。重大なものや複雑なものは残された。ただ、大半は町人同士で話し合えって突き返されたの」
三人は訴訟の待合所「九字人溜まり」を覗き込む。そこには緊張した顔つきの町人たちがぎっしり座っていた。
シュペルク「うわぁ……なんか張り詰めた空気だな」
フローレン「ここに座って待つ間、彼らは自分の人生の行方を思い悩んでいた。土地を失うかもしれない、夫婦が裂かれるかもしれない」
フィビアス「江戸時代の“民事訴訟”は現代以上に重みがあったの。裁判一つで、家の存続や一族の名誉が左右されたから」
吟味方が取り調べの声を上げる。
吟味方「証文はあるか! 借用書の日付、利息は何割だ!」
被告「……その、印判は押したが、実は利息が……」
シュペルク「証文……って、あれ? 紙切れ一枚で全部決まっちゃうのか?」
フィビアス「証文は命綱よ。書き方ひとつで有利にも不利にもなる。だから奉行所には“例繰方”がいて、過去の判例や証文の形式を参照していた」
フローレン「ただし……いくら証文が正しくても、人情を汲むこともあった。江戸の裁きは冷たいだけじゃなかったんだ」
三人は白州を後にしながら語り合う。
シュペルク「なんかさ……江戸の人って大変だな。借りた金で明日が変わっちまうなんて」
フィビアス「でも、それは現代も同じ。人は金に縛られるものよ」
フローレン「……ふふ。シュペルク、もし借金したら?」
シュペルク「え? えっと……頑張って働いて返す! たぶん!」
フィビアス「“たぶん”って言ってる時点で怪しいです」
フローレン「まぁ、江戸の奉行所なら間違いなく白州に引きずり出されてるだろうね」
白州に響く半鐘の音。金銭に泣く町人たちの声は、今日も絶えることはなかった。




