江戸時代にタイムスリップ 「町奉行所――裁きの舞台裏」
――昼下がり。
三人は再び北町奉行所の門をくぐった。黒塗りの長屋門の両脇には同心の詰め所があり、厳しい視線が行き交っている。
シュペルク「おい……でかいな。門からして威圧感あるぞ。まるで要塞みたいだ」
フィビアス「威厳を示すための造りよ。町奉行所はただの役所じゃない。ここで裁きが下されるの」
フローレン「……看板は掲げられていなかった。よく時代劇で“北町奉行所”って書いてあるけどね」
表門を抜けると、玄関の敷台が見える。そこでは中間が控え、来客の出入りを記録していた。
シュペルク「なんか……すげぇ緊張感あるな。入っただけで汗かきそうだ」
フィビアス「当然よ。ここは、町人にとって人生が変わる場所。訴訟や罪状が持ち込まれれば、一枚の紙で運命が決まる」
フローレン「そして、その紙を扱うのは人間。だから不安も渦巻いた」
三人は役宅の中を歩き、エリアごとの役割を教えられる。
第一の区画:執務エリア
フィビアス「ここが執務エリア。与力が常駐する板部屋、同心が詰める部屋、年番方が書類を処理する部屋……。町奉行所の心臓部ね」
シュペルク「うわぁ……帳面だらけだ。これ全部、事件とか訴訟の記録か?」
与力(通りすがり)「そうだ。訴訟は“出入筋”と“吟味筋”に分けられる。土地争いや金の貸し借りなら出入筋。殺人や放火なら吟味筋だ」
シュペルク「つまり民事と刑事ってことか……」
フローレン「言い換えればね。だが江戸の訴訟件数は膨大。ある年は四万七千件、その七割が金銭トラブルだった」
シュペルク「……ブラックだ」
第二の区画:裁判エリア
白砂利の敷かれた「白州」に出る。
シュペルク「ここが……裁判の場か」
フィビアス「町奉行が上座に座り、原告と被告が向かい合う。吟味方が取り調べ、例繰方が過去の判例を調べ、社用専用方が資料を整える。……一つの舞台のようでしょう?」
フローレン「演劇に似ていた。奉行は判決文を読み上げる役者。けれど観客は町人全員だ」
シュペルク「うわ、プレッシャーで俺なら噛むぞ」
第三の区画:御用部屋
御用部屋では奉行が部下と会合していた。
町奉行(声)「吟味方! 本日の調べはどうなっておる!」
吟味方「はっ! 証拠は揃いましたが、自白がまだ……」
町奉行「拷問は最終手段だ。慎重にせよ」
シュペルク「拷問……? やっぱり怖いところだな」
フローレン「“吟味”とは取り調べのこと。拷問具もあったけど、必ず使われたわけじゃない。ただ、真実を引き出すための最後の手段だった」
フィビアス「判決も奉行一人で決められるわけじゃない。中追放までなら独断でできるけど、それ以上は老中や将軍の裁可が必要だったのよ」
シュペルク「じゃあ死刑は……」
フローレン「将軍の承認が要る。奉行が独断で人を殺すことはできなかった」
第四の区画:生活エリア
奥には町奉行の家族の住まいが広がっていた。
シュペルク「……ここも奉行の家なのか。役所と住まいが一緒って変な感じだな」
フィビアス「それだけ奉行は“公務と私生活が一体”だったってこと。夜中に火事があれば、眠っていても半鐘の音で飛び出さなきゃならない」
フローレン「……休む暇など、最初から存在しなかった」
再び白州に戻り、三人は静かに立ち尽くした。
シュペルク「なぁ……。ここでさばかれるって、どんな気分なんだろ」
フィビアス「訴訟を抱えた町人たちにとっては、恐怖と希望が入り混じる場よ。ここでしか救われない者もいれば、ここで破滅する者もいた」
フローレン「江戸という都市は、この白州の砂利の上で回っていたんだ」
半鐘がまた遠くで鳴り、町奉行所の一日は休むことなく続いていった。




