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江戸時代にタイムスリップ 「与力と同心――八丁堀の影」


――午後の江戸。北町奉行所の白州を離れ、三人は裏手の廊下を進んでいた。

そこには、騎馬の出入りを見張る与力や、帳面を抱えた同心たちの姿がある。


シュペルク「なぁ……あの人たち、さっきからずっと走り回ってないか?」


フィビアス「あれが与力よりき同心どうしん。町奉行直属の部下よ。奉行一人で街を裁けるはずがないでしょう?」


フローレン「与力は補佐官。同心は実務官。――彼らがいなければ奉行所は回らない」


三人は玄関横の詰め所に案内された。畳敷きの部屋で、与力が帳面を広げ、数名の同心が机に向かって書付をしている。


シュペルク「へぇ……でも、与力って名前、なんか強そうだな。『与える力』って感じで」


フィビアス「響きは格好いいけど、現実は激務の管理職よ。町奉行の補佐をして、部下の同心をまとめるの。俸禄は150石から200石、現代で言えば年収700万から900万円くらいかしら」


シュペルク「思ったよりいい暮らしできそうじゃん」


フローレン「……でも支出も多い。役高は公務に必要な経費もそこから出す。組屋敷の維持、家臣や小者への給金、交際費。気を抜けば借金まみれになる」


フィビアス「しかも与力は馬に乗ることを許された身分。町を巡回するには馬が不可欠で、馬代もかかる。華やかに見えて、実際は家計は火の車って人も多かったのよ」


ちょうど一人の与力が立ち上がり、三人に声をかけてきた。


与力「おぉ、見学か? なら教えてやろう。与力は二十五騎。ここ北町にも南町にも同じ数だ。俺たちは“八丁堀”って呼ばれてる。組屋敷が八丁堀に並んでるからな」


シュペルク「二十五騎? 少なくないか? 江戸って百万人都市だろ」


与力「少ないさ。だから一人一人が何役も兼ねる。訴訟管理の年番方、罪人の取り調べを担当する吟味方、判例整理の例繰方、物価監視の市中改め……。紙に埋もれるか、現場に駆けずり回るかだ」


フィビアス「……ブラックすぎる」


フローレン「でも、だからこそ街が動いていた。奉行一人が抱えるには大きすぎる都市だったから」


与力の言葉に続いて、若い同心が口を挟んだ。


同心「俺たち同心は百二十人前後。与力一人につき二、三人が配属される。実際に町を駆け回るのは、俺たちの役目だ」


シュペルク「へぇ、現場の主力ってわけか。どんな仕事してんだ?」


同心「色々ある。小伝馬町牢屋敷を見回る“牢屋見回り”。火事の時に町火消を指揮する“火事場改め”。小石川養生所で病人を監督する“養生所見回り”。……他にも“風烈見回り”ってのがある。強風の日は放火が多いから、街を歩いて火種を探すんだ」


フィビアス「……なるほど。現場主義ね」


フローレン「それに同心だけの特別な役職もある。“三廻り”だ。隠密廻り、町廻り、臨時廻り。要するに警察と探偵を合わせたような役目」


シュペルク「隠密!? つまり忍者みたいなもんか!?」


フィビアス「……大げさね。でも、潜入して証拠を掴む役目は確かにあったわ。町廻りは犯罪捜査と犯人逮捕。臨時廻りは指導と補佐」


シュペルク「……俺には絶対無理だ。夜中に一人で犯人探しなんて怖すぎる」


フローレン「君は火消しの桶でも担いでいればいいよ」


ふと窓の外から声がした。


町火消の頭「おーい! 風下の長屋で火の手があがったぞ!」


同心たちが立ち上がり、半鐘の音が奉行所の空気を震わせる。


与力「聞いたか! これからが俺たちの本番だ!」


与力と同心たちは一斉に走り出し、奉行所の門を飛び出していった。


シュペルク「なぁ……これ毎日のことなのか?」


フィビアス「そう。江戸は“火事と喧嘩は江戸の華”って言われるくらい、火災が多かったから」


フローレン「――だから町奉行とその部下は、裁判官であり、警察官であり、消防士でもあった。江戸という巨大都市を支える影の存在。彼らなしでは一日たりとも街は持たなかった」


鐘の音が遠ざかり、白州に静けさが戻る。

三人は、激務に走る与力・同心の背を黙って見送った。


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