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江戸時代にタイムスリップ 「二人で回す巨大都市――月番の朝」


――江戸、享保の頃。まだ朝靄が残る呉服橋門内。

黒渋の長屋門が開かれ、石畳の上に打ち水が撒かれる。白砂利が陽を浴びてちらちら光る。


三人――フローレン、フィビアス、シュペルクは、北町奉行所の表門の前に立っていた。


シュペルク「……でっけえ……。これ奉行所? 俺の故郷の城より立派なんだけど」


フィビアス「それだけの仕事を背負っているのよ。ここが北町奉行所。相方は南町奉行所。二つ合わせて、江戸百万都市の心臓部」


フローレン「でも、二人しかいない。町奉行は北と南の二名だけ。行政、司法、警察、消防……ぜんぶ彼らの肩に乗ってる」


シュペルク「え、えぇ!? たった二人で!? 俺だったら三日で逃げ出すぞ」


フィビアス「実際そういう人もいたのよ。任期が短くて、一年持たないで辞める人も多かったわ」


フローレン「それでも街は回った。――だから、仕組みが工夫されていたんだよ」


三人は表門をくぐり、玄関の敷台へ。奉行所の中間ちゅうげんが控えて深々と頭を下げる。廊下の先には役宅、そして御用部屋。

門の脇では、同心たちが交代の印を交わしていた。


シュペルク「なぁ、北と南ってどう分けてるんだ? 川の北と南とか?」


フィビアス「いいえ。地理で割ってるんじゃなくて、月番制。一か月ごとに“月番”と“非番”を交替するの」


シュペルク「月番? 非番? なんか楽できそうな響きだな」


フローレン「勘違いしないほうがいい。月番=新規案件を全部受け付ける側。門を八の字に開けて庶民を受け入れる。非番=前月に受け付けた訴訟の審理や書類処理。門は閉じるけど、決して休めない」


フィビアス「それに、月番と非番の奉行は月に三度ほど寄合いを持って、重大事件や行政判断を協議するの。これを“折り合い”っていうの」


シュペルク「……結局、両方働きっぱなしってことじゃねぇか……ブラックすぎる……」


フローレン「だから、二人制は効率化のためだけじゃなく、互いを監視する意味もあった。権力が一人に集中したら危険だからね」


白州に通じる廊下を歩いていると、騒ぎ声が聞こえた。


町人A「奉行所さま! あいつが貸した銭を返さねぇんだ!」

町人B「違ぇよ! 証文なんか書いてねぇ! でっち上げだ!」

同心が慌てて間に入り、双方を押さえた。


シュペルク「うわ、さっそく揉めてるぞ……。朝から大変だな」


フィビアス「こういうのは出入筋(民事)。家督争いや土地の境界争い、夫婦の不義密通、雇用トラブル、そして金銭の貸し借り=金公事」


フローレン「金公事はとにかく多い。ある年なんて、南北合わせて四万七千件の訴訟の七割が金銭トラブルだった」


シュペルク「七割!? そりゃ裁ききれないだろ!」


フィビアス「だから幕府は相対済まし令を出したの。『金の揉め事は原則、当事者で解決せよ』って」


フローレン「制度で“入口”を絞る。でないと、都市が持たないから」


廊下を抜け、むしろ敷きの白州へ。まだ人はまばらだが、すぐに列ができるという。

やがて裃を着た奉行が入座し、座が静まり返った。与力が伺書を抱えて跪座し、老中への上申しを準備している。


シュペルク(小声)「あの人が町奉行か……。雰囲気がすげぇ……」


フィビアス「今日から一か月、この北町が月番。訴えを全部受け止める。――これから始まるのよ、江戸最大級の“ブラック職場”が」


フローレン「でも、誰かがやらなきゃ都市は死ぬ。だから彼らは立ってる」


門外ではすでに町人たちが列を作り始め、ざわめきが波のように押し寄せていた。

白州の砂利に足音が重なり、江戸の巨大な歯車が回り始める。


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