【とある宿場町の焚き火の夜】
火の粉が静かに空へと舞う夜。旅の途中、フローレン一行は久しぶりに野営をしていた。フィビアスが煮込みをかき回しながら、ふと問いかける。
フィビアス
「もし、自分の命と引き換えに、目の前の誰かを救えるとしたら……どうしますか?」
シュペルク
「ん? そりゃ、助けるしかないだろ。目の前で困ってるやつがいたらさ、考える暇なんてないと思う」
フィビアス
「でも、助けたら死ぬんですよ? それ以上は何もできない。助けずに生き延びれば、もっと多くの人を救えるかもしれないのに?」
シュペルク
「それでも、目の前で死にそうな子どもを見捨てるなんて、俺には……無理だと思う。俺、そういうの、後からずっと覚えてそうだし」
フィビアス
(少し黙ってから)「……私は、悩むかもしれません。私が死んだら、先生も困るでしょうし」
フローレン
(煮込みの匂いをかぎながら)「私は、多分、助けない。助けたい気持ちはあるけど、そういう感情で動いていたら、長くは生きられなかったからね」
シュペルク
「冷た……いや、うーん……でも、それって、わかる気もする」
フローレン
「千年以上生きてるとね、"その場で誰かを助けること"と、"何かを成すために生き延びること"の違いが、すごく重くのしかかってくるんだよ。勇者ヒンメルだって、そうだった」
フィビアス
「リヒテル様は……どうしたと思いますか?」
フローレン
(少しだけ笑う)「たぶん、迷わず助けて死ぬね。間違いなく。それが彼の美学だった。私は……それを止める役だったから」
シュペルク
「師匠……。でも、助けて死ぬのって、かっこいいよな」
フィビアス
「……それは死んだ後に残る物語の話です。助けた命が、誰の記憶にも残らなければ?」
フローレン
「でもね。"その子"の命には、世界がまるごと詰まっていることもある。未来に何かを残せる可能性なんて、私たちには測れない」
フィビアス
「じゃあ、先生は……?」
フローレン
「私はね。……咄嗟の時は、わからないよ。考えて選ぶものじゃないから。身体が勝手に動くときはある。でも、助けて死ぬのは、“覚悟”じゃなくて、“衝動”だと思う」
シュペルク
「たしかに。そん時に、どれだけ筋肉が反応するかだな。つまり俺は、助けられる」
フィビアス
(呆れたように)「ただの筋肉反射じゃないですか、それ」
フローレン
「でもね、フィビアス。あなたが誰かを助けて死んだとしても……私は、あなたを覚えているよ。ずっと」
フィビアス
(少しだけ目を伏せて)「……それだけで、少し報われる気がします」