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無気力ニートのおっさん、女神のスキルで異世界最強になりました  作者: シャリまぐろ1世
【1】生意気天使と共に異世界へ
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第1話 異変

 昨日までの俺は、無気力に生きるニートだった。

 人並みの幸せはいらない。その代わり無理な努力も、我慢もしない。

 浮くこともなければ、沈むこともない命。

 たったひとつのわがままは、週に一度、お寿司を食べること。


 そんな俺が、なぜか異世界の女神から選ばれてしまい——

 ……俺の人生が、静かに壊れ始めた。



—— 日曜日。真昼。——


 真夏の田舎道を歩く。お寿司を買った、帰り道。

 普段引きこもってる俺がお寿司のために外出する日であり、たまたま32歳の誕生日でもあった。それもあって、右手に下げたお寿司はいつもの倍以上する最高級セット。

 とはいっても、回転寿司のお持ち帰りメニュー。3人前で5000円もしなかった。今日も特にやることないし、このあとは誰もいないアパートに帰るだけだ。


 見上げると、空は晴天。振り返ると、『回転寿司・小町』の看板。

 まだお店を出てから3分しか経ってないのに、既にTシャツが汗ばんでいる。ベタッと張り付く感覚を肌に感じながら、俺は何度も通った田んぼ道を進んでいた。

 そう、何度も通った、田んぼ道……。


「だけど……なんか変だ。」


 奇妙な違和感に、足が止まる。来るときはセミとカエルの鳴き声が暑苦しく響き、アスファルトから伸びる熱は俺を蒸し焼きにするほどだった。

 それが今は、耳鳴りがするほどの無音。足元をスニーカーで蹴ると、ザッと大理石のように滑る。田んぼの咽るような匂いも消えていた。


「おかしい……。」


 明らかな異変を感じて、周囲を見回してみる。

 すると段々、景色の色が失われていく。緑の田んぼも、茶色い木の幹も、徐々に白く褪せていく。黒いアスファルトさえ灰色になり、空は既に、底なしの白に変わっていた。


 ——思考が止まる。


 再び頭が動き出した時、導き出された答えはただ1つ。『幻覚』だった。

 引きこもり生活で精神が不安定になってるんだろう。俺は早く帰って寝ることに決めて、視線を正面に戻した。すると、次の十字路に白くて小さい物体が現れていた。


「なんだ、あれ……。生き物……? それとも幻覚か……?」


 よく見るとハムスターのようなずんぐりとした体から、短い手足としっぽが伸びている。それは手のひらサイズの丸いトカゲのようだった。そいつはヒスイのような緑色の目で、じっと俺を見つめていた。

 俺は、もっと近くで見てみようと、足を踏み出す。その瞬間——


 シャリシャリシャリッ!


 と砂がガラスに擦れるような音を立て、ものすごい勢いで走ってきた。


「なっ……!?」


 心臓が飛び上がるように跳ね、思わず動きが止まる。トカゲは一瞬で俺の前まで来ると、迷いなく飛びかかってきた。


「うおっ……!」


 とまた、声が漏れる。トカゲはそのまま俺の胸に張り付いたかと思うと、次の瞬間には腕を伝ってお寿司の袋に飛び込んでいく。俺は驚きで、バシャンと袋を落としてしまった。


「なっ……、なんなんだ……?」


 立ちすくんだまま、一瞬前の出来事を思い返す。トカゲが飛びついてきた。間違いない。その重みと腕を這っていく感覚は、体に鮮明に残ってる。

 それは幻覚どころか夢よりもリアルで、停止した脳内で混乱だけが加速していく。

 何を思ったのか、俺の口から零れた言葉は——


「あのトカゲも……、お寿司が好きなのかな?」


 どうかしていた。


「……せっかくだし、一緒に食うか!」


 完全にイカレていた。


 俺は片膝を立ててしゃがみ、ガサガサと袋を開けた。するとそこには、プラスチック製の透明な蓋の上でモゾモゾと動くトカゲがいた。光の当たり方によって、時折うろこが虹色に光る。

 周りは色のないモノクロ世界になっているのに、トカゲとお寿司と俺だけは何故か鮮やかだ。不思議だなぁなんて思いつつ、俺はトカゲごと蓋を持ち上げた。


「こうやって開けるんだよ。」


 子供に教えるような声が自然と出る。俺が蓋を開けた瞬間、トカゲはお寿司に飛びついた。蓋がバインと鳴って、ジャンプの衝撃が俺の手に伝わる。


「腹減ってるのか? 俺の分まで食べるなよ?」


 そう言いながら、横に蓋を置いた。パワン……とたわむプラスチックの音、トカゲがお寿司にかぶりつくシャリシャリという音。

 ついでに触ってみた地面は、色も感触も失っていた。何がどうなってるのか、まるでわからない。

 ま、いっか。答えを出そうとするのはエネルギーの無駄だ。それよりお寿司を楽しもう。

 俺は、あむあむとお寿司を頬張るトカゲに声をかけた。


「醤油使う?」


 ……返事はない。当たり前だけど。

 俺はあぐらに座り直して、袋から使い捨ての小皿を取り出し、醤油を開けた。


「お箸もあるけど……まあいいか。」


 トカゲを見てたら、俺も野性的に食べたくなってきた。

 つやっとしたマグロを素手で取り、醤油を付けて一気に口に運ぶ。


「んー、んまい!」


 毎週食べて、毎週感動してる、安心の味。でも、いつもよりちょっとだけ美味しく感じる。なんでだろう……?


「——もしかして、トカゲのおかげ!?」


 一瞬ダジャレかと自分でツッコミそうになったけど、意外とその通りかもしれない。一緒にお寿司を楽しんでくれる存在がいるだけで、気分が全然違う。トカゲも、俺と一緒に食べると美味しそうだ。

 そう思うと、なぜかテンションが上がってきた。気付けば俺は無意識のうちにトカゲに手を伸ばし、強めに撫でながら声をかけていた。


「もう、俺たち友達だな!」


 トカゲは逃げることもなく、大人しくお寿司を食べている。


「名前を付けよう。君は銀シャリちゃん! 俺はテル! よろしくな!」


 一瞬、トカゲの瞳が輝いたような気がした。

 それにしても、シャリ似のトカゲに銀シャリと命名したのは天才的だった。

 まあ、俺は天才。当たり前か。

 ……なんて、普段なら思いもしない心の声も、今は素直に受け入れられる。思えば自己否定の日々。自分自身すら受け入れられなくなってから、随分経っていた……。


「そんな俺が、こんな気持ちになれたのは久しぶりだよ。ありがとな!」


 そう言って、銀シャリちゃんを撫でた。銀シャリちゃんも、俺に撫でられて大喜びしている。たぶん。


 そんなこんなで一方的に語りかけながらお寿司を食べていると、不意に太陽が輝きを増した。かと思えば、俺たちに大きな影が落ちる。


「ん? なんだろう?」


 手をかざして真上を見上げると、小さな粒が段々と大きくなる。


「……ヤバい! 何か落ちてくる!」


 察知してすぐ慌てて立ち上がり、寿司桶ごと銀シャリちゃんを抱えて一目散に駆け出した。大理石のように滑る地面に注意して、転ばないように田んぼ道を走る。


 100mは走ったかというところで振り向き、あの物体に目を凝らす。

 粒だったそれはここから見ても銀シャリちゃんと同じくらいの大きさになっていて、数秒後にはその正体に気付いた。


「白い……戦車?」


 この速さだと、10秒後には地面に激突する。

 俺たちは飛んでくるであろう破片を凌ぐため、田んぼの土手に身をかがめた。

 手元では、銀シャリちゃんがお寿司を食べている。


「呑気だねぇ……。」


 ゴォッ……! という音で空に視線を戻すと、徐々に大きくなる戦車がはっきりと見えた。

 衝突まで、3、2、1——

 瞬間、戦車から少女の声が響く。


「逃げるなー!!」


 聞こえたのと同時に戦車があり得ない方向転換をして、ほぼ水平に俺たち目掛けて突っ込んできた。


「えぇ!?」


 叫ぶ暇もあったかなかったか、一瞬で目の前が真っ白になった——







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