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### 第5章:宮門初入り



京城の皇宮は、私が想像していたよりも遥かに壮麗だった。そびえ立つ朱塗りの宮殿の壁と反り返った軒は、陽光を受けてきらきらと輝き、まるで口を大きく開けた猛獣のように、私たちのような小さな命を飲み込もうとしているかのようだった。


「着いたぞ。」

馬車がゆっくりと停まり、御者の低い声が聞こえた。その声にはどこか冷たさが含まれていた。


私たちは一人ずつ馬車を降り、皇宮の外にある広場に並んだ。広場には、官服を着た数十人の役人が二列に並んでおり、無表情のまま私たちを見つめていた。その目は、まるでこれから検査される商品を品定めしているようだった。


「全員、聞け!」

鋭く耳を刺す声が前方から響いた。


私が顔を上げると、そこには一人の宦官が立っていた。彼は豪華な錦の袍をまとい、手には金細工の塵払いを握っている。顔には薄い笑みを浮かべていたが、その目には冷たい光が宿り、私たちを容赦なく見据えていた。


「このおれの名は劉安りゅうあんだ。お前たち新入りの秀女を預かる掌事太監しょうじたいかんだ。」

彼はゆっくりと言葉を続けた。

「お前たちは今日から、田舎の小娘でもなければ、家のお嬢様でもない。ましてや誰かの自慢の娘でもない。」

彼の声は一語一語が重く、私たちの心に響いてくるようだった。

「お前たちの身分はただ一つ。宮女だ。それをよく覚えておけ。」


劉安は声を少し低くし、人々の顔を冷たく見渡してから続けた。

「言うことを聞いていれば、いずれ道が開けるかもしれない。しかし、賢いつもりで規則を破ったり、怠けたりすれば……」

言葉を一度切り、その視線が鋭く群衆を横切る。口元には薄い笑みが浮かんでいた。

「杖で叩かれるだけだ。それが分かったら、返事をしろ。」


「はい……」

震えるような小さな声が私たちの口から漏れた。


私は静かに目を伏せ、余計な言葉を飲み込んだ。宮中では、規則が第一だということをよく理解している。ここは実家でもない。規則を知らない者には、ただ一つの道しかない――死だ。


---


私たちは劉安に導かれ、皇宮の正門をくぐった。足元の広い青石の道は整然と整備され、その両脇にそびえる高い宮殿の壁が視界を遮っていた。宮中は一片の静けさに包まれ、太監や宮女たちが頭を垂れて足早に歩く音だけが響いていた。


「まずは彼女たちを洗い清め、衣服を着替えさせろ。」

劉安はそばに控える小太監に命じた。「新入りにはまず田舎臭さを落とさせるのが先だ。」


すぐに、私たちは広々とした部屋へ連れて行かれた。部屋には木桶がずらりと並び、湯気の立つ温かい水から薬草の香りが漂っていた。側には何人かの年配の宮女が新しい衣服を抱えて待っていた。


「これに着替えて、すぐに集合しろ。」

年配の宮女は感情を全く感じさせない声でそう言い残し、その場を去った。


私は言われるままに粗布の宮女服に着替えた。布地は豪華さとは無縁だが、動きやすいように作られている。体についた旅の埃を洗い流すと、鏡の前に立った。鏡の中の顔は清楚で落ち着いており、以前の私とはどこか違って見えた。


---


着替えを終えた私たちは、再び偏殿に集められた。劉安は主位に座り、手にした塵払いをゆっくりと揺らしながら、私たちを冷たい目で見つめていた。その視線は、獲物を選ぶ猛獣のようだった。


「お前たちがまず学ぶべきは規則だ。」

彼の声は尖っていて、冷たさが滲んでいた。

「宮中で一番大事なのは、目と口だ。目が利かず、主子を怒らせれば終わりだ。口が軽く、大事を壊せば、これも終わりだ。この二つを誤れば、誰も助けてはくれない。」


その後、年配の宮女たちが前に進み出て、宮中での規則について一つ一つ説明を始めた。礼儀作法、言葉遣い、主子への呼び方、そして食事の際の礼儀まで、全てが細かく規定されていた。


私は彼女たちの冷たい表情を見ながら、これは宮中の権力構造の氷山の一角に過ぎないと感じた。ここで生き残るためには、ただ規則を覚えるだけでは足りない。自分を隠す術も必要だ。


---


その日の規則の授業が終わると、空はすっかり暗くなっていた。私たち新入りの宮女たちは、小さな庭の一室へと連れて行かれた。そこには、それぞれに一枚の木の板と薄い布団だけが用意されていた。


「今日からお前たちは宮中で最も下の身分だ。規則は最初から学び直せ。もし規則を破れば、軽ければ飯抜き、重ければ罰跪や杖罰だ。分かったな?」

彼は竹の棒で地面を叩き、乾いた音が響いた。


「分かりました……」

私たちの返事は、蚊の鳴くような小さな声だった。


「声が小さい!」

彼は声を荒げ、前列の数人が慌てて姿勢を正した。


「分かりました!」

今度の声は少し大きくなり、彼は満足げに頷いた。


---


その夜、私は固い木の板の上に横たわり、天井の梁を見上げていた。体は疲れ果てていたが、心は不安と緊張で落ち着かなかった。ここは皇宮――規則と権力が支配する場所。生き残るためには、ただ従順であるだけでは不十分だ。周囲を観察し、順応し、この巨大な仕組みの中で自分の立ち位置を見つける必要がある。それを思うと、私の胸に覚悟が芽生え始めていた。


ここからが本当の試練の始まりだった。

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