091_過食する時、
情報の、伝達する時に発生するズレを食べる生き物がいる、のであるが、その食事は食べすぎることもある、としよう。
エネルギーの消費以上のものを取り入れることはまあ普通のことではある、蓄えることができないということはない。ということは、情報のズレをとりすぎて太ることもあるわけであり、意味太りとか呼ばれるのであろう、情報太りかもしれず、正確には情報のずれによって生じるエネルギーをとりすぎて太ったということである。
太るということは蓄えることができるということであり、そのままエネルギーをべうの何かにして排出しているだけではないということである、さらにいうならば、何か自由にしにくい要素があり、それに対応するために、貯蓄するという動きがあるということである。
時間に関しては自由になるのであるからして、それとは違う何かこちら側では想像することしかできない概念があるのであろうかなとか、こちら側も、時間は、計ることができるけれども、それは間接的であるし、時間そのものを見たり聞いたり触れたりはできないわけである。
そのような性質の、秤になるような、スケールになるような、何かがあり、それが一定の法則に従って世界を進ませている、のであるのでそれに対応する、対抗するために、エネルギーを蓄える方法を見出した、作り出した、という流れがある、と、見立てることができる。
この場合の太るとはどういうことであるかというと余剰分のエネルギーを蓄えてしまうということであり、意図的には、ある程度はできるものではあるものの、細部をコントロールすることはできないということである。
全能ではないということである。
それは意識がない意図がない、自我がないとはいえ、そのように見える何かはあるのであはあるけれども、それの自由にならないものがある、ということであり、ある意味知性が離れた存在で本能的な何かであるということである。
身体があるのかというと、こちらにおける筋肉のようなものはない、ただ、情報の濃淡がある種の脂肪のような役割をしているのである、見立ての問題ではあるが、ファッティな、メタボリックな個体がいるという発想もまた、面白そうではあるなとか、個性とかを見出す可能性もあるかも知れず、いやまあ、そのようなものはないと断言はしているのではあるが。
趣味的に思考を回すのはそれはそれで楽しいものである。




