049_異端で異形で、正常。
同じ精神の形はないから全てが異常であり、それが正常であるということ。
精神というとふわっとしているけれども情報の伝達順序、入出力のそれが全く同じ脳みそがないという意味合い程度の話である。
ある程度共通項で括られる最大数を正常と呼んでいるだけの話であり、それは多数の異形でしかないわけである。最もそれはそこに偏っているだけであり、視野を広げてみると少数派である可能性も十分あり、むしろ、このように脳みそを使用して思考しているように見える存在は、かなり希少で、少数派で異常なのである。
多数決で決まり共通項が多い方が正常であるならば、脳みそを持っている存在が少数派で異常であるという話でもある、乱暴な計算ではあるが、世界の大半、これは宇宙という単位で考える程度の話であるが、その質量比から言うならば、存在しているというのも烏滸がましいレベルのものしかないのである、認識しよう、我々は異常であると。少なくとも少数派ではある。
少ないものが貴重であるのであるならば、十分その条件を満たしているとも言える、ただそこに価値があるかどうかは、欲しがるものがいるかどうかによるわけではあるが、おおよそ、情報のずれをエネルギーにするものにとっては便利に使える、もしくは生産してくれる、貴重な資源であると言えなくもない。
そのように思考していると見立てることができたならば、今度はそのような希少で貴重な資源を守るべきではなかろうかという発想が生まれるわけである、こちら側が勝手に想像している妄想ではあるわけであり、実際にはそのような思考はない。
飼っている、育成している、栽培している、という意識は無い、と同時にそのような意識があるとみなすこともできる、そうして初めて、それを観測する、間接的に観測することができるのである、要は方向性である。
エネルギーの向きを観測する方向に向けるわけである、観測に適した向きにすると言ってもよい。同時に、適切な強さと、振動を見出して、調整するわけである。その粒子は何を使用しているのかというならば、これは情報そのものをビーコンにしたり、反射を計測することによって行う、ソナーのような使い方をするのである。
情報そのものに質量があるという発想で動くのである、存在しているものが持っているそれそのものの力と言い換えても良い。
存在するために必要になる力であり、存在するからこそ生まれる力であり、存在そのものを肯定する力であるわけである。
つまりは有るという情報なのである。




